第3話 Red fraction

▽クドネル・某所 

 EF部隊のレディルームは、任務の内容を確認する仕事の場所でもあると同時に所属するライダーたちの聖地でもある。巨大なタッチパネルスクリーンが据え付けられている壁と、椅子が数席あるだけで部隊エンブレムすらない質素な部屋だが、聖地と思う者には聖地に違いない。

 しかし、設備の簡素ぶりとは裏腹に華やかななのは、この場に集っているのが揃いの赤いスーツを着た女の子だからだろう。

 スクリーンにはシュナードラ外園部に存在する小惑星と、その周辺で作業する作業船やモビルワーカー。そして、警護に当たるEFの姿が映し出されている。

 カメラが映し出しているのは小惑星に接合した複数のブースター。

「オリンポス作戦まで後、2時間を切りました。小惑星エドセルの周辺では小惑星落下に向けての準備が着々と進められています」

 彼女たちは画面とレポーターの放送を退屈そうに見ている。

「あいつ、来るのかな?」

 その中の1人が呟く。少女らしく、親戚の足長おじさんがやってくるのを楽しみしているような感じで。

「来るでしょうね。カスは下等だから」

 その少女はあいつをあからさまにバカにしている。

「サヴァには可哀相だけど、カスと戦う機会は2度とないでしょうね」

「普通に考えれば、あれだけの軍勢に単騎で突撃することになるから撃破されるのは目の見えている」

 無表情に画面を見つめていた少女が、淡々と答える。

「彼は200騎以上の相手に旧式騎と同乗者付きというハンデで突っ込み、攻撃的回避だけで敵艦隊を撃破した化け物だ。博士が言うには蒼竜に匹敵するEFに乗るという。そう簡単には断定できない」

 サヴァという少女は目を輝かせる。

「そっか。すっごいのに乗ったあいつと戦えるかな」

「なんともいえないね」

「アルヴァ。彼じゃなくて、カスでしょ。なんていったらわかるの?」

 カスといった少女が、彼と呼んだ少女を非難する。

「サラサ。私は相手を見下すのが好きじゃない」

 もう1人の少女が、アルヴァを非難する。

「カスはカスとかゴミで呼びなさいと、博士が言っていた」

「根拠もないのに見下すのは驕りだ。実際、彼は私たちよりも比較ならない軍歴を重ねている」

「アルヴァ。下等生物ごときを尊敬なんてしているわれ」

「いきり立つところを見ると、どうやら、自信がない?」

「あんたねぇ……」

 アルヴァの冷静な指摘にサラサは激高する。

 2人とも一歩も引く必要はなく、険悪なムードが高まる。

 が、見るに見かねて1人の少女が割って入った。

「アルヴァの言う通りだ」

 その少女の迫力の前にサラサも引き下がる。

「見下すということは甘くみることだ。まだ、私たちは彼と戦っていないのにも関わらずその判断を下すのは危険だ。立ち会った瞬間に死にかねないぞ」

「ワーヒド。カスをカスと呼ぶのは博士からの命令です。それに逆ら……」

 もう1人の少女がワーヒドに喰ってかかるが、軽く睨みつけただけで沈黙する。

「そ、それよりも……」

 気の弱そうな少女が怯えながらも口を開いた。

「ティスアちゃんを心配してあげてください」

「そうだな」

 ワーヒドが賛同する。

「いくらティスアでも、カスがいない下等連中に負けるわけがない」

「それはわからないぞ」


▽斉▽航空戦艦イオアン・ズラトウースト格納庫内

 EFのスクリーンに複数のウィンドゥを立ち上げている。そのうちの一つに、一隻の商船が映し出されていた。商船とはいったが制空権をクドネルが取っている現状を考えれば、シュナードラに徴用されているのは間違いない。

 その商船は上空へ登っていく。

 その光景をスクリーン越しに注視しているNSK指揮官、マーク・ティーボゥは緊張で身を強ばらせる。

 シュナードラ側は公式な意志表示をしていないが、実質的な宣戦布告であることには間違いなかった。その意図が明白だったから。

 戦いとなれば死者は出る。

 その死者に自分がなるかも知れないと思うと恐怖が背筋をちくちくと差す。しかし、同時に慣れたことではあった。

 普通に考えれば、どういうことはないかも知れないが、かといって結果が100%確定しているということもない。

 ティーボゥと彼が率いる部隊の運命は商船と上役の意向にかかっていると過言ではない。

 いずれにせよ、今はEFに乗って待機である。

「こちら、ゴールドリーダー。ブルー9応答せよ」

 それまでは暇なので、あるライダーと会話することにした。

「こちら、ブルー9。どうしました? リーダー」

 通信スクリーンにはライダーの姿が映し出されるのだが、ブラックアウトしたまま。流される音声も機械処理されていて、気持ち悪い。

「いや、仲間たちと離れて単独行動することになって、どんな心境かと思って」

 臨時に傭兵部隊合わせて200騎も指揮する事になったティーボゥとはいえ、このライダーに気を使うのは、TACネーム、ブルー9がレッズからの出向だからである。

「……寂しいです」

 レッズの上司である博士が傍若無人なだけにエリート風を吹かせるようなライダーかと思っていたが、意外と素直だった。

「あの商船に……マローダーがいるんですよね」

「ああ、恐らく。これから落とされる衛星を迎撃するために打ち上げられるんだろう」

「こんなに近くにいるのに、何もできないのが不思議です」

「それが軍というものだからな。マローダーと戦いたかった?」

「サヴァちゃんはそう言っ……いえいえ、なんでもないです」

 ライダースーツにヘルメットを被っていたので性別すら分からないものの、体形的に大人には見えなかった。

 ブルー9がマローダーのことをどう思っているのか個人的には気になるところではあるが、尋ねてはいけない複雑な事情がありそうだった。

 幸か不幸か作戦には関係がない。

「オレとしては、マローダーが失敗してくれると嬉しいんだが。多少は退屈であっても出撃しない事にこしたことはないし、何よりもこの戦争も終わる」

  

▽斉国斉星新臨淄特別行政区帝宮シアター

 シアターといっても様々であるが、皇帝専用のシアターともなれば豪勢な規模を誇っている。

 床面に3Dスクリーンがあり、その周りを観客席が階段状に配置されているという図式は代わらないが、3Dスクリーンの面積がサッカーフィールド数枚分ある。

 広々としている上に、倒せばベッドにも使えて、いくつもの多目的スクリーンも展開できる革張りのシートといった設備。もちろん、床や欄干に至るまで緻密な装飾が施されているのは言うまでもない。

 ボタンを押せば、サービス要員が即座にやってきて至れりつくせりのサービスを行ってくれる。

 ただし、この人物には、これから行われるイベントをポップコーン片手に観戦していられる余裕はない。

 延信は、周辺に様々な情報を表示させたスクリーンを、宙に複数展開させている。

 主に画像が中心で、宇宙空間から地上まで範囲は様々。

 スクリーンの一つに視線を移すと、追従してスピーカーから音声が再生される。

「以上、禁狼血刃RORライダー・オブ・ライダージョニー・ロリコンバーガー傭兵大佐のインタビューでした。ここでCMです」

 戦闘というのは当事者からすれば苦行と悲劇であるが、第三者からすればストーリーのない余興である。クドネルの宣伝と、衛星落しという類を見ないシチュエーションから、星団各地から報道各社や有料チャンネル業者が集まって退屈凌ぎにはもってこいのショーを、全宇宙に向けて放送していた。

 一般市民が大量虐殺される光景を今か今かと楽しみに見ている視聴者と、それに当事者として関わっている自分、どちらが品性下劣なのかと延信は考え込んでしまう。

「……WarTVか」

 その社名に聞き覚えがあったような気がして、延信は検索をかけた。

 答えは簡単に見つかる。

 株式の70%をレオニスHDが保有。つまり、新進気鋭にして、変態こと渋谷艦隊のスポンサーを勤めるなど軍事面でも無視できない規模になりつつあるレオニスグループの傘下にある企業である。

 レオニスグループは衛星落し作戦に入る直前にいくつかの企業を買収して規模を拡大させていたが、その経緯が不透明で気になっていたところであった。

 延信は視線でウィンドゥを切り替える。

 そのウィンドゥには皇帝が后たちとニコヤカに談笑している様子が映し出されていた。

 太原公はいない、か。

 皇帝の寵愛を受けるかどうかで天と地ほどの差が開くので、後宮の后たちも必死になるが最右翼ともいえるべき人物がいない。もっとも、想定していなかったわけでもなかったが。

 ウィンドゥの一つにメールの着信がポップアップされてくる。

 送信元は中行廠。

 マローダーを雇ったのは何者なのかを知りたかったが、傭兵協会の顧客リストほど管理が厳重なものは少ないので、諜報機関のハッキングのプロ達に依頼したわけである。

 星団有数の彼らの腕を持ってしても、即というわけにはいかなかった。

 延信は宛名とメール本文を確認すると、添付ファイルを展開した。

 マローダーに依頼した人物の写真を目にした途端、延信は吹いた。

 9割ほど勝っていた戦争を泥沼にした黒幕が、たかだか6歳程度の女の子だという事実には笑わずにはいられない。

 この若さというより幼さで、マローダーを動かした手腕は見事で、延信としては招聘したいところであったが、報告ではあのレオニスグループ本社に赴いたのを最後に消息不明になっているとのことだった。

「……やっぱり」

 その情報は延信の懸念を確信へと変化させるのに充分だった。

 腐る間もなく、更に着信が入る。

 発信元は友人。

「もしもし、延信だ」

「よぉ、信。元気でやっているか」

「……元気もなにも仕事中」

「仕事!?」

 呆れている友人をスクリーン越しに見ていると、こちらまでも脱力する。

「俺の職場を知らないとは言わさないぞ。ロイ」

「泣く子も黙る天下無双の蒼竜騎士団なことぐらいわかっている。でも、陛下の側についていないようだが」

 四神騎士団の中でも、最強を謳われる蒼竜騎士団の任務は皇帝の警護なので、事情を知らないものからすれば、皇帝の警護をせず複数のスクリーンと対峙している延信はサボっていると見られても不思議ではない。

「俺はこの戦争の当事者だからだよ」

「へぇ~」

 口では舐めた態度を取る友人ではあるが、事情を察せられない奴と友人づきあいをするほど、延信も心は広くない。

 延信は皇帝のように呑気に傍観できる立場ではなく、この戦いにおいてある決断を下さなければならない立場にある。その重圧は皇帝警護の騎士の比ではない。少しでもタイミングが遅ければ大損害は愚か敗北しかねないからだ。

 だからこそ、延信はシートの周辺にウィンドゥを展開して、情報収集に努めている。

「ロイこそ、サボリじゃないのか」

「いやいや、戦技の研究ですよ。観戦も仕事ですから」

 口調こそふざけているが、言い訳ではない。

 敵の動きを分析し、自身の行動と照らし合わせて、次戦の行動に反映させるのは大変重要なことだからだ。

「あのマローダーにPOWER厨の組み合わせ。糺軍でも話題になってますよ。おかげで仕事にならないのなんのって」

「仕事しろよ」

 と突っ込みを入れたところで、画面で動きがあった。

 

▽ガルブレズ島CICルーム

 シュナードラ全軍を唐括するCICルームでは緊張に溢れていた。

 前面のスクリーンにはWarTVによる、クドネルの衛星落下作戦の様子が実況中継が流れている。進捗状況が公の場で流れているのはありがたいとはいえ、自分たちが処刑される様子を面白半分にレポートされるのは気分が良くない。

 この場にいるのは軍司令官のディバインと、市長のザンティ。そして、ファリルである。

 ヒューザーとセシリアは前線にいるので、この場にはいない。

「大丈夫ですよ、姫様」

 ザンティに声をかけられる。

「わたし、緊張してました?」

「そりゃ、この状況で緊張しないほうがおかしいでしょう」

 普段と変わりない様子に見えていたが、実は緊張していたらしい。

 孫を見るおじいちゃんの眼差しでザンティに見られていることに有り難いと思いつつも恥ずかしく思えてしまう。

「ディバインも落ち着け」

「落ち着いていますが」

「いや、落ち着いていないが……もうちっとリラックスしろ」

 ファリルやザンティにも地位に相応する重圧がかかっているが、ディバインには軍の指揮をするというこれ以上にないプレッシャーがかかっている。采配に失敗すればファリルやザンティごと死にかねないのに、その危機に対峙するのはこれが指令官初デビューとなるルーキーなのだから。

「リラックスするのも指揮官だぞ。どっかの代行殿みたいにな」

「俺はあの人ではないですよ」

 ティバインが苦笑したところで、通信が入った。

 3人やこの場にいるオペレーターたち全員が一気に引き締まる。


▽仮想巡洋艦ミツザワ

 重々しい音と共に後部ハッチが展開すると、空が切り取られたように現われる。

 水蒸気の塊だとはっきりと分かる雲を下にして、透き通るような蒼が何処までも広がっていた。果てしなく、遙か高見までも。

 死ぬには一番いい日だと思った。

「こちら、ミツザワ、準備完了。いつでもどうぞ」

 最後に智機はざっとスクリーンを見て、騎体のコンディションを確かめる。

 土壇場になって急に調子を崩すこともない。

「用意はいいか、相棒。地獄へいくぞ」

 智機は口元を獣のように軽くゆがめて、小声で囁くと宣言した。

「こちら、ティーガー。出撃する」


 智機がスロットルを開けた瞬間、背中のバックパックから伸びたパイロンを通じて接続された補助ロケットに意志が伝達され、点火されるとティーガーを前方へと押し出された。

 仮想巡洋艦ミツザワの後方から、ミサイルのようにティーガーが打ち出され、コントレールと引きづりながら緩やかに上昇していった。

 

 ▽シュナードラ星外延部

 禁狼血刃きんろうけつば艦隊剣山に所属するライダー、ライアン・"金返せ"・ボゥは愛騎から真下に広がる惑星シュナードラの大地を見つめている。

 高度1万メートル以上の宇宙空間にいるのは、禁狼血刃及びクドネル第2艦隊の艦艇と、EF500騎ほど。

 これから衛星落しを阻止するべくシュナードラのEFが登ってくることが想定されるため、迎撃のために配置されている。

 どれほどの規模になるか分からないが、シュナードラの総兵力が50騎ほど。全軍で突撃しても物量で圧せるのに、兵力も集中できないので実際はそれ以下になるだろう。

 楽な仕事だ、とボゥはうそぶく。

 問題は敵のライダー。

 あのマローダーが出撃することが想定されている。

 確かにマローダーは技量だけを見れば頭10個以上も図抜けている。先の戦闘では単騎で100騎以上の集団に攻撃的回避だけで勝利した。

 そんな化け物であるが、今度の相手はクドネルではなく、それなりに場数を踏んでいる禁狼血刃。

 ……そう簡単にやられるものかよ。

 あのマローダーでさえも、殺られるのは時間の問題だろう。

 EFのレーダーにシュナードラから、打ち上げられたとおぼしき騎影が確認される。

 IFF反応はない。

 反応は1。

「なんだあれ」

 スクリーンにその騎体を拡大して映し出してみたら、ボゥは思わず吹いた。

 右腕が極端に大きいやたらと不格好な騎体で、重装甲なのは分かるが、それだけ機動性は乏しそうだった。左腕に大きなライフルを装備しているが、それだけの騎体に負けるわけがない。

「衛星落しのマローダーも、あんな鈍くさいのに乗ってくるなんて焼きが回ったじゃねぇか」

 その騎体から、補助ブースターが切り離されて地表へと落下する。

 ボゥは舌をなめずる。

「マローダーをや……」

 その瞬間、その騎体が20騎以上に増えた。

 

 それがボゥの最後になった。

 

 シュナードラの衛星軌道上で、大量に火球が咲き誇っては一瞬で消滅する。しかし、その途中で大量に火球が生まれる。

 その火球の中から飛び出す一騎のEF。

「……嘘でしょ……」

 女性リポーターも呆然としていた。

「……信じられません……失礼ながら一瞬でやられると思っていたあの騎体、左肩に「バビ・ヤール」のエンブレムがついている事から、マローダーが搭乗していると思われます。非情に鈍重そうな見かけから想像できない、気持ち悪いほどの速さでクドネル軍をばったばったなぎ倒していきます」

 言っている側から、そのEFは10騎以上にも分裂、次の瞬間は爆球が連鎖して咲き誇る。

 動きがあまりにも早すぎて、マローダーがクドネルEFを撃破する瞬間を捉えることができない。

「驚いた」

 延信は一目見ただけで、マローダーの駆るEFの特性を見破っていた。

 一見すると鈍重に見えるが、限界までジェネレーター出力を追求した結果、フレームを頑丈にせざる終えなかったEFであること。従って、見かけよりも遙かに早く動ける騎体だとは見ていたが、現実が想像を超えることはよくあることである。

 禁狼血刃の騎体よりも重装甲であるにも関わらず、禁狼血刃よりも騎体よりも3倍、いや10倍以上の速さで動いている。

「どうなっているのか、分からないぞ」

「マローダーの動きが速すぎて、カメラが捉え切れていないのですよ」

 スクリーンを切り替えると、マローダーのほんの少し動いた瞬間に多数の騎体が撃破されている様子に皇帝が不満を漏らしていて、傍らにいる延信の父親が事情を説明していた。

 現場で見ることができればもっと多くの情報が手に入るのだが、数光年離れた場所で映像を通してみるのだから再現度が落ちるのもやむを得ないところである。

 そんなおり、友人からちょっとしたメッセージが入った。

 仕事だということを忘れて、延信も苦笑した。

「あのマローダー、今まで生きていた中で一番楽しいん想いをしているな」


「POOOOOOOOOOOWOOOOOOOOOOOOOOOOORRRRRRRR!!」

 笑いがこみ上げてくる。

 慢心している証拠なので気を引き締めようとすめが、片っ端から気が抜けていき、高笑いがコクピットにこだまする。

 人に見せられない面になっていると、智機は思う。

 最高だった。

 智機は短い人生の中で様々なEFを乗り潰してきたが、どれもこれも智機の技量に見合う騎体ではなかった。出来合の量産型ばかりで智機の反応に騎体がついて行けず、様々な苦労を強いられたものだった。

 唯一の上級騎種はセンチュリオンズに配備された最新鋭のボウタであったが、これはとんでもない駄作だった。

 よくあんなので、"あの人"のダイナソアに勝てたものだと智機は思う。

 クルタ・カプス戦の戦訓で早くもMK2バージョンに改修されているが、智機の見立てでは設計根本が誤っているので、早々に後継騎に取って代わられるだろう。

 だから、智機の思うように動いてくれるティーガーは新鮮だった。

「まるでゴミじゃねえか」

 初見でさえも出来る騎体だと思っていたが、実際に操縦してみれば、想像を遙かに超える動きだった。

 スティックを左右に振ると思った以上に、騎体も左右に高速で動く。それを繰り返すことによって、

秒単位の時間で複数の敵騎と相対することができる。

 他者から見れば、ティーガーが分身しているように見えるだろう。

 そして、全ては一瞬で終わる。

 左右にぶれている時点で速度は若干、落ちているはいるもののティーガーと接触する敵騎からすれば慰めにすればならない。光速に近いような速度でちょっとした隕石のような硬さを持った物体が接近してくるのである。

「…ざまぁ」

 バリアーを展開させる間もなく、速度を持った質量に一瞬で最初から存在しなかったかのように消滅する。

 後には何も残らない。ティーガーのドリフトの燃料にされるから。

 巨大な右腕を槍として突っ込んでいくだけで、あっけなく敵騎が落ちていくは初めてだった。

「こんなもあっさり、ぷちってぷちって潰せるってスゲェサイコー。ほんと楽しくて楽しくって股座がいきりたつぜーーーーっっっ」

 智機は明らかに人殺しを楽しんでいる。

 禁狼血刃とクドネル軍の混成を、無抵抗に潰せる蟻程度にしか見ておらず、当然のことながら罪悪感もない。むしろ、ヘビースモーカーが思う存分タバコを吸いまくっているかのように清々しい。

 ぶつかったティーガーにもダメージがないという訳ではないが、限界まで増強した出力に耐えられるよう敢えて頑丈に作ったフレームの強さが物を言って、かすり傷程度のダメージにしかならず、その程度であればドリフトで移動中に簡単に修復できてしまう。

 もちろん、いい事ばかりではない。

 加速、減速、方向転換などを急に行うと半端ではない重力加速度がかかる。

 体感でいえば、100Gを超えたところといってもいいだろうか。

 特に急制動をかけた時、数百kmの速度が一瞬にして0になった時の反動が凄まじい。それこそ戦艦が成層圏から墜落するほどのGがかかる。

 メイが最後までこの騎体の出撃を渋ったのも当然で、軽く踏み込んだ程度で三桁を超えるGがかかる騎体なんて失敗作でしかない。

 常人なら一分も立たずにミンチになる騎体が、軍に正式採用される訳がない。智機だからこそ、操縦できている。

 試しに腹部に手を当ててみると、ある部位が硬くなって発熱している。

 組織で戦闘を行うのが軍である以上、一般のライダーが使えないEFなど、いくら性能が高くてもゴミでしかないのだが、それだけに智機としては楽しい騎体だった。

 今までの騎体は限界まで使い倒しても、智機の反応に応えてくれきれなかったが、ティーガーは違う。

 口元が悪魔のように歪む。

 むしろ、ティーガーを使いこなせるかどうかを問われているが、智機はそれが面白かった。

 こいつは斉の蒼竜や朱雀を超えて……最強になれるのだろうか。

 智機も最強になれるのだろうのだろうか。


 弱肉強食。

 弱きものは強きものに虐げられるのが運命だというのなら、受け入れる。

 だから、強くなって今まで踏みにじってきた奴等全てを踏みにじる。

 ディバインにも言ったが、世の中の人間にいくらでも憎まれても構わないが、代わりに憎んだ奴等全てを皆殺しにしてやる。


 世界を破壊する。

 こんなにも醜い世界を1分子すら残さずに消滅させる。

 

 そろそろ、本来の目的に立ち返るべきだろう。

 ここでいくら敵騎を倒しても、ガルブレズに衛星を落とされる、あるいは地上の遠征軍によって落とされれば智機の負けである。

 このため、速攻で落とされる衛星を破壊してとっとガルブレズに戻る必要がある。

 智機が敵の指揮官なら、この時点で地上に待機させている部隊に出撃命令を下す。

 レーダーで衛星の位置を確認する。

 TVで報道されていたのと、電子偵察仕様で戦っているため位置は簡単に割り出せる。

 衛星といっても、人工衛星ほどの小型の岩隗にエンジンをくっつけたものだが、ガルブレズを消滅させるには充分である。

 ティーガーの速度なら一瞬で到達できるが、当然のことながら、そこに至るまで敵が密集していることである。

 それでもティーガーの性能な充分にやれる。

 問題は敵騎を撃破することだけに集中できないのは、もちろんの事、なおかつある程度は撃破しなければならないということ。

 増援が来るのであれば、少しでも掃除をしておく必要がある。

「……まぁ、いっか」

 そん時はその時。

 智機は機嫌よく鼻歌を歌う。

 スロットルを吹かして、智機とティーガーは敵陣へと躊躇いもなしに突っ込んでいった。

 軽い鼻歌は恐怖と悲鳴に彩られ、一音節一音節歌い上げるたびに、EFが次々と撃破されては智機のドリフトのための燃料にされていく。

 

▽クドネル共和国某所。

 この男の予定では、無事に衛星が落とされてファリルやマローダー以下のシュナードラ残党を島ごと消滅。こうして、戦争は終わり、シュナードラはクドネルによって統一される……はずだった。

 しかし、現実は衛星防衛のEF陣が、マローダー駆る未知のEFにあっさりと蹴散らされている。

 濃密な陣形を敷いてマローダーに襲いかかるが、ただ突っ込むだけの至ってシンプルな攻撃の前に弾き飛ばされている。

「ええい。なにをやっておるかっっっ!!」

 総統とはいえ、戦場から遙かに遠ざかった場所でしかり散らしても無意味。

 衛星は落とせないことを認めざるおえなかった。

「そう怒りなさいますな。彼らとて真剣に故国のために尽くしているのですよ」

「いくら努力したところで結果を伴わないでは無意味ではないかっっ!!」

 流石に智機が乗っているEFの正体に気づく。

 平和ボケ首相が破壊を宣言した希少コア。それが破壊されていなかったのだろう。

 その事実を知りながら、傍らにいる博士は何も言わなかった。

 殺したくなるが、だからといってどうにでもなる物ではない。

「即刻、中継を中止せよ」

 クドネル栄光の瞬間になるはずだったのに、現実は大量のクドネル軍が、たった一騎のEFに為す術もなく蹂躙されまくるという屈辱の光景となっている。これが一地域のみならず全宇宙に放映されている事実を思い出すと恥辱の余りに憤死しそうになる。

 が、現実はもっと冷酷である。

「そんな事は陛下がお許しになりません」

 博士から、"陛下"の一言が出ただけで、荒ぶっていたものが一気に冷却される。

「此度の戦は陛下がとっても楽しみにされていたもの。結果が総統のご意向にそぐわないものだとしても、陛下の楽しみを奪う権限はございません。我が「レッズ」を相手にしても、というのであれば別ですが」

 博士はせせら笑う。

 殴り殺してやりたいところであるが、そうしたら身の破滅を招くことになる。クドネル総統テオドール・ロンバルディはただ、両手を強く握りしめて現在進行形で続いている恥辱に耐えるよりほかなかった。

 

▽ガルブレズ島CIC

 CICは贔屓のチームが大量リードしているような熱狂が満ちていた。

 今まで、シュナードラはクドネルに一方に蹂躙されていた。その結果、首都は落とされ少数の軍勢と共に僻地に落ち延び、息の根を止められるところまでいっていった。

 ところが、そのクドネル軍を智機が一方的に蹂躙している。

 残像分身で圧倒する智機とティーガーの速度に何もできず、一瞬の接触で羽虫よりも情けなく落ちていく様に、CICに詰めている人員のほとんどが興奮していた。

 ファリルもクドネルの地獄絵図が展開されているスクリーンに視線も心も釘付けになっている。

 智機が凄いのはわかっていたが、ティーガーが加わるとここまで凄くなるなんて想像もつかなかった。

 智機のことなので、全力なんて出していないだろう。

 智機がすごいのか、それともティーガーが凄いのか。

 智機にとっても、いや、ティーガーにとっても幸せなのだろう。非情に相性のいいパートナーに巡り会えたのだから。

「おまえら、浮かれるのもいいかげんにしろっっ!」

 足が地についていない感覚が、ザンティの怒号によってかき消される。

 興奮に包まれたCICの中でも浮つかない、むしろ、戦況が優位に進むたびに表情を険しくしている人間が2人いた。まず、1人がザンティ。

「戦いは終わったわけじゃねぇんだぞ。ボケ」

 やくざ丸出しに怒鳴り散らすザンティに、ファリルは引っぱたかれたような気がした。

 そう。ティーガーが暴れているだけで、落とされるはずの衛星が消えたわけではない。

 戦闘は始まったばかりなのだ。

 にも、関わらずその現実を忘れてしまっていた。

 もう、熱狂はない。ただ直視しなければならない現実を、勝手に無視してしまった罪悪感が心をよぎる。

 その時だった。

 誰かの悲鳴が聞こえたような気がして、ファリルは見回すが、身を引き裂かれているかのような悲鳴を上げている人間など、ここには1人もいない。

 錯覚?

 事態は、ファリルを置いてけぼりにして進んでいる。

「ハイネン少佐と、ヒューザー少佐に伝達」

 ザンティと共に、ハードな状況を忘れていなかったディバインが苦虫を噛みつぶしつつも、冷静に指揮をする。

「戦闘準備……来るぞ」


 難しい判断を要求されるかと思われたが、迎えてしまうと意外に楽だった。

 マローダーの強さが想像を超えていたので、衛星を落とすのが不可能であると早い段階で見切りをつけることができた。

「追加オーダー。チャーハン30人前」

 短文を打ち込み、送信すると延信は腕を大きく伸ばして、息をした。

 延信の仕事は予め設定しておいた短文の送信。最適なタイミングで送信できるかが延信の腕の見せ所であり、それさえ済んでしまえば延信の仕事はほぼ完了したといっても過言ではない。この戦闘を終結させる判断も延信に託されるかも知れないが、現場の判断に任せても問題ないだろう。

 だから、後はのんびり観戦を決め込むことした。

 延信は座席のアームレストについたボタンを押すと間髪入れずにサービス担当の要員が応答します。

「どうなさいました? 中佐」

「シンガポールスリング一つ、アルコール抜きで」

「かしこまりました」

 要員の代わりに友人が茶々を入れる。

「モクテルとは信も子供だな」

「仕事中だ」

 これが仕事でなければ、このシアターのどこかにいる皇帝のように酒を飲んでいる。

「うちの大将なんか、酒飲みまくりでさ。酒癖悪い奴は嫌だね」

 友人の部署は朱雀と並んで先鋒を勤めるなど精鋭として有名だが、エリート揃いの朱雀とは異なり、戦闘行動に平行して見せしめと畏怖のための破壊や略奪、虐殺なども行うのでガラが悪い。つまり、やっていることはかのバビ・ヤールと一緒。

「それはそうと、マローダーの奴、無茶な動きをしてない?」

「無茶な動き?」

「どうか考えても人間には無理な機動ばっかやってるだろ。オレの計算だと100回以上は死んでる。ドリフトを使えばOに出来るが、そのためだけにドリフト使うか?」

 それは延信も気づいていた。

 マローダーはまともな人間にはできない機動をしている。いや、それしかしていない。ドリフトを使えば身体がミンチになる機動も行えるが、その代わり攻撃や防御などにドリフトが使えない。

 つまり、マローダーにはGへの極めて高い耐性がある。

「驚くべきほどのものでもないさ」

「その心は?」

「企業秘密だ」

「おい」

 延信は見た事がある。

 人間なら死ぬ機動を軽々とやってのけている連中がいることを。


 レーダーの画面ではなく、スクリーンにも衛星が捉えられたことに、智機の闘争本能に拍車がかかる。

 ティーガーはクラークソンが言うには高機動、重装甲、高火力を両立させた騎体である。

 高機動は申し分なし。

 装甲は未知数。

 強いて言うなら、見た目とは裏腹に攻撃力には問題がある。

 クラークソンの設計に不備があるのではなく、予算と時間の都合で搭載予定だった装備のいくつかがオミットされているからである。

 それでも、格闘についてはなんの問題もない。

 バランスを度外視してまで肥大化した右腕が、破壊を振りまいている。

 問題は遠距離戦。

 ちなみに、左腕に保持している巨大なスマートライフルはまだ、1度も発砲していない。

 出撃前にザンティに語ったように攻撃ならドリフトをかけられるがタイミングというものがある。

 まずは接近する事が先。

 通信用衛星サイズの隕石を見て、智機は1人つぶやく。

「クドネルも甘いな」

 智機はスクリーンに捉えているものより数倍大きいサイズの物を落として大陸の三分の二を海に変えた。

 サイズが大きくなるほど用意に手間がかかるが、それだけ被害も拡大する。何よりも落とす岩隗を破壊するのが難しくなる。

 その程度……人工衛星程度の岩隗なら、ティーガーの一撃で跡形もなく砕くことができる。

 智機が落としたサイズを、ガルブレズに落とすればガルブレズのみならず、遠くの大陸にまで被害が及ぶが、それがどうしたと智機には言える。

 人をゴミのように焼却する度胸と覚悟がなければ、衛星なり隕石を落とせるものではない。

 智機はコンソールを操作する。

 右肩の肩口から伸びている副椀が動いて、右肩にある武装コンテナから、バッテリーパックを取り出すと、蟹の爪のように巨大な右腕の肘部にあるスリットに装填される。

 場所を移し替えただけで通常なら撃てない。

 が、ドリフトならエネルギーとなる。

 智機はスクリーンに映る岩隗に慎重に狙いを定める。

 口元が不意に歪んだ。

 右上空より、高速で接近する物体を察知する。

 ……騎体を反転させるのが遅れていたら、恐らく死んでいただろう。

 裏拳気味に旋回させた巨大な右腕と、これまた巨大な光芒を放つライトセーバーの刃が衝突し、反動で騎体も弾け飛ぶ。

 ティーガーほどではないが重装甲の騎体。

 見た目の印象よりも機動力があるのもティーガーと同じ。

 ……やれると思ったんだが。

 シュナードラで戦ってきた相手なら、右腕を使った裏拳一発で沈んだはずなのに、智機と同じように吹っ飛ばされながらもほぼ無傷で済んでいる。

 騎体も他の禁狼血刃とは違い、カスタムされているのが一目でわかる。どうやらエースらしい。

「マローダー。聞いておるか」

 オープン回戦から通信が入ってくる。

「我が名はジョニー・ロリコンバーガー。禁狼血刃のRORだ」

「独立装甲騎兵大隊バビ・ヤール。マローダー」

 「騎士の中の騎士」は各艦隊や騎士団において頂点に立つライダーのことである。ライダー=騎士の用法のように、筆頭騎士と呼ばれることもある。

 一言で言ってしまえば、一番強い奴。

 智機の瞳が野獣のように尖る。

 こいつを倒せば禁狼血刃の士気が大いに下がって戦闘どころではなくなる。逆に生かしたままだと、衛星を破壊しても降下の際には邪魔になるので、いつかは排除しなければならない敵だった。

 のこのこ現われて出てきたので、智機からすれば探す手間が省けた。相手はそうは思っていないだろうが。

「一つ、聞きたいことがある」

「俺が幼女好きだと思ったら間違いだ。マローダー」

 読まれたというより、名字を聞くなり散々突っ込まれた事なので、うんざりしていたのだろう。

「貴様こそ、どうなんだ。マローダー」

「何が?」

「幼女が好きか。応えろ」

 智機はアクセルを踏みこむ。

 騎体が一気に加速する。

 強大なGが全身にかかるが、それでも平気で悪党そのものな笑みを浮かべた。

「胸が大きくなければ、女ではないだろ」


▽ガルブレズより100km先の海上


「敵と遭遇したら、どう戦えばいいかって?」


 海上に数個小隊のクーガーが浮遊している。

 クーガー部隊の指揮を任されたヒューザーは、智機との会話を思い出していた。


 首都脱出戦は切り抜けたとはいえ、経験不足は否めないシュナードラ軍なだけに、智機抜きでの迎撃は不安だった。楽天的なヒューザーであったとしても緊張はするし、弱小とはいえ騎士団長なのだから無策ではいられない。しかし、これといったアイデアが浮かばないのだから、方法は一つしかない。

「まずはシュナードラ軍の実力」

 戦術の初歩は己を知ること。

「はっきりいってお前らの実力は下の下だ。こないだの戦いで実戦は済ませたけど、相手の方がより実戦を重ねているし、それを覆せるだけの機材も量もなにもない」

 そんなことは最初からわかっていたが、口に出されるとヒューザーでもヘコむ。

「気合いなら誰にも負けないっす」

「いくらドリフトが使えるからといって気合いを戦術に組み込むな」

 他の兵器とは違い、気合いで挽回できる余地があるとはいえ戦略の大失敗を補えるほど甘くはない。

「じゃあ、どうすればいいんですか」

 数は足りない、EFの質も悪い、練度もない、気合いにも頼れないでは八方ふさがりというものである。ここまで来たら悪あがき以上のことはできないように思えた。そもそも、降伏もせずにここまで生きてこられたのが奇跡なのだから。

「策はないでもない」

 落ち込みかけていただけに、希望の光が見えた。

「どんな策ですか!?」

「策というほどのものでもないけど。とにかく、守りに徹しろ。それだけだ」

 面白みがあまりない。

「いくら、お前らの腕がないからといっても攻撃無視して守備に徹すれば敵と互角、あるいは上回ることもできる。オレが帰ってくるまで持ちこたえることができるが勝利条件なんだ。簡単だろ」

 智機に簡単と言われても説得力がまるでないとはいえ、攻撃を捨てて防御に徹するのは理にかなっていた。例えば、バリアを解かなければ攻撃ができないので躱されるとカウンターを食らうが、攻撃を捨てれば気力が持つ限りバリアを張り続けることができる。

 クドネル軍は傭兵軍が主体と想定。レッズが参戦したら厳しいものはあるが、分の悪い賭けに勝ち続けるしかない。

 もとい耐えるの間違いである。

 レッズを撃破しろ、となると荷は重いが生き残れとだけ指示されるとヒューザーの気もいくらか楽になった。防ぐことだけならやってやれそうな気がする。

「そこで一つの方法がある」

「方法?」

 


「相変わらずだなー。うちの代行殿は」

 コクピットの中でヒューザーは苦笑する。

 現在、ヒューザー率いるEF部隊がいるのは、ガルブレズから100kmの海上。

 クドネルによる衛星落しの中継をヒューザーは聞いている。それが智機の一方的な殺戮に変わったのには楽しんで聞いていた。

 しかし、途中からプレッシャーがのしかかる。

 宇宙は問題ない。

 RORとの交戦を始めているが、智機なら問題なく撃破するだろう。

 隕石は落ちてこない。

 代わりにヒューザーたち、新生騎士団の実力が試されようとしている。

 中継の放送がアラームと同時に途絶えた。

 代わりにレーダーに光点が表示される。その数はこの空域にいる騎士団の騎体よりも倍単位で多い。

「……野郎ども。用意はいいか」

 智機がいない状態で持ちこたえばならない現実に、ヒューザーは打ちのめされかけるが、恐怖をかみ殺して笑顔を浮かべた。

「あのクソったれな代行に、目に物を見せてやろうぜっっ」


「あいつ、オレ達を狙っているんだろうな」

 遙か遠くの機動で繰り広げられるEF同士の一騎打ちを見ていた友人がぽつりと言った。

「彼が最強を目指すというのであれば、間違いなく我々との戦いになる」

「なら、あいつぐらい余裕で倒せなければダメだろ」

「おーっと、ロリコンバーガーのジルガランが一方的に責め立てています。高速で振り下ろされる二刀流に、マローダーは手も足も出ません。あのマローダーの快進撃もここまでかぁっっっ」

 WarTVの女性リポーターがノリノリで実況しているように、当初の予想に反してロリコンバーガーが圧倒していた。

 縦横無尽に振り下ろされるライトセーバーと実剣に、ティーガーは右腕を楯にしてのガードか回避に手一杯で、反撃に出るタイミングすらつかめていない。ロリコンバーガーが勝利するのも時間の問題のように思えた。

 傍目には。

「あのリポーターの目は尻穴だな」

「お前、堅物そうに見えて、けっこうキツいこというねー」

 目がある場所から糞を垂れ流す人間を想像してみたら、気持ち悪い。

「ロイは分かっているのか?」

「一見すると、ロリコンバーガーが圧しているように見えるけど」

 ロリコンバーガーは右手で持つ実剣を縦に、左手に持つライトセーバーを横に、微妙にタイミングをずらしながら振り下ろす。その動きに無駄もなく、単純のようでいて複雑な軌道は紛れもない達人の仕事だった。

 マローダーは実剣を紙一重のところでズラして避け、ライトセーバーは右腕で受け止める。透明のバリアがライトセーバーを弾くが、同様にその蟹のように巨大な右腕も反動に負けて後退する。

「でも、圧しているのはあいつだ」

「その理由は?」

「おいおい。信だって分かってんだろ」

 間髪入れずに、ロリコンバーガーが攻勢に移る。

 実剣は振り下ろし。

 ライトセーバーは突きのコンビネーション。

 2種類の攻撃がマローダーに向かって伸びていく。

「一見するとロリコンバーガーが攻勢に出ているように見えるが、実は後退させられている。これでよろしいでしょうか? 延信老師」

「合格点だ」

 マローダーは防ぐか躱すことしかできないのように見えるが、実はある方向に向かって押し込んでいる。

 ……その先にあるのは。

「そろそろ、決めにかかるぞ」

「終わりだ、マロー……」

 絶叫と共にロリコンバーガーは2種類の剣を同時にティーガーに向かって振り下ろそうとした。

 が、それよりも先にティーガーの巨大な腕が伸びるほうが早い。

 ロリコンバーガーはとっさの判断で逃れようとするが、不意に背中全体に一瞬、意識が飛ぶほどの衝撃と不可がかかって騎体の動きが止まる。

 何かにぶつかった?

 それがガルブレズ落しに用意した衛星だということに本能で気づくが、手遅れだった。

 マローダーの巨大な右手がコクピットブロックを含む胴体を鷲づかみして、衛星の岩隗に叩きつけられる。衝撃で全周囲モニアの半分が真っ暗になり、ロリコンバガーダーは血反吐を吐いた。胸が痛むところを見ると肋骨にひびが入ったのだろう。ロリコンバーガーの首筋から冷たい汗が一筋二筋流れ落ちた。

 押し込んでいたはずだった。

 いや、違う。

 押し込んでいるように思い知らされていて、その実、小惑星の方向へと押し込まれていた。

 いつもなら、そういう事態にはならない。周囲の状況を確認しながら戦闘するのは常識だからだ。でも、今回に限ってはその常識が通用しなかった。プレッシャーをかけているつもりで、その実、視野狭窄に追い込まれていた。

 衛星へと激突させられる前に気づいていれば、このような醜態を晒すこともなかったのだろうか?

共用回線から機械音声の声が流れた。

「じゃあな、ロリコン」

 

 ティーガーの巨大な掌が、頑丈なEFの胴体をアルミ缶のように握り潰す。騎体が二つに別れるすれすれのところで、手を開くと、そのまま平手でロリコンバーガー騎を、衛星を使って押し潰した。

 握り潰した時点で残骸に成り果てたEFであったが、道路に落ちている蝉の亡骸のように真っ平らになる。

 智機は右腕に貯めていたエネルギーパックの力を使ってドリフトを発動、右手の掌に空いた発射口から放たれた光は、真っ平らになったロリコンバーガーの騎体共に衛星を飲み込み、そして、爆発した。


 海上におけるクドネル対シュナードラの戦いは、膠着状態に陥っていた。

 細いワイヤーでつながれている2騎のEFが、バリアフィールドを発生させる。その直後、発射されたビームが着弾。フィールドを激しく振動させるが、ビームはフィールドを消すことができずに消滅する。

 20騎の騎体が2騎一対で、フィールドを発生させている。そのフィールドとフィールドが相互に干渉しあって更に巨大なフィールドを作る、

 こうなってしまっては遠距離射撃で防壁を崩すことは難しい。

 だから、接近戦で崩そうとする。

 しかし、クドネルのEFが肉薄して、正面からライトセーバーを振るうが、ドリフトで上乗せしても幾重にも重ねた防御網を砕くには至らない。

 逆に2騎のEFが、攻撃したクドネルのEF左右に移動して、挟み込みこんではサンドイッチにする形で、ライトセーバーを振るい、そのEFを撃破する。

「いい仕事しているなあ」

 目の前で行われている戦闘を、いつものように観察しているティーボゥは評価する。

 もちろん、いい仕事をしているのはシュナードラ軍である。

 数の上ではクドネルが圧倒しているとはいえ、守りに徹したシュナードラ軍を崩せないでいる。

 それも当然の話で、クドネル軍はティーボウが指揮を任されていることから分かる通りに、傭兵どもの寄せ集めなので士気が高いとはいえない。少なくてもティーボウを含めて、この戦いに負けても帰る場所がある。

 シュナードラにはない。

 ガルブレズが落とされれば、それこそ居場所もなくなる。愛する姫を陵辱されて、彼らはこの世界にいられなくなる。

 後がないシュナードラに比べれば、我欲だけで動いているクドネル軍はチンケなものでしかない。

 そして、シュナードラの士気には方向性がある。

 2騎のEFをチェーンでつなぐのは、連環と呼ばれるテクニックで物理的につながることによって、ドリフトの威力、主に防壁の硬さが増す効果がある。ただし、動きが束縛されるという欠点も存在するので、滅多に使われることはない。

 清々しいぐらいに防御に徹すると宣言しているようなものである。

 練度が高いシュナードラとはいえないが、士気が高い上に守りに徹せられると早々崩せたものではない。

 事前にマローダーが策を授けていたのだろう。

 羊の群れであっても、指揮官が違えばここまで違うものかと感動すら覚える。

 クドネルの快進撃はレッズの力もあるが、最大の要因は平和バカの首相に引きづられて指揮が迷走したことである。

 NEUが駐屯していた事にかまけて戦い方を忘れていたような連中とあの地獄を生き延びたマローダーでは比較にならないのはいうまでもない。

 そして、持ちこたえていればやがてマローダーが降りてくる。

 禁狼血刃を中心とした部隊をたった一騎で軽々と制圧したマローダーに、ティーボウ達が勝てるわけがない。

 しかし、マローダーも、世の中全ての事象が彼の思うがままにいくことはないと思い知るべきだろう。

「ゴールド2。後は頼むぞ」

 ティーボウは信頼できる部下に後事を委ねると、グレーの増加装甲に身を包んだEFに通信を入れた。

「ブルー9。作戦に移る」

「了解しまし…」

 答えている途中で、空が激しく光った。


 ガルブレズの遙か上空で、巨大な閃光が放たれた。

 原因を察知するとCICに安堵の空気が流れ込む。

 上空で観測された光は、衛星を無事に破壊できたという紛れもない証拠だった。海上では騎士団とクドネル軍が交戦しているが、智機が戻ってくれば撃退できるだろう。

 ザンティとディバインが難しい表情をしているのは、まだ終わっていないからだろう。戦況が優位に傾いたとはいえ、なにが起こるかわからない。一発で逆転されてしまうのが戦争なのだから、智機とティーガーが帰ってくるまでは安心できない。

「智機さんは大丈夫なんですか?」

「大丈夫でしょう」

 ディバインは言う。

「あの衛星は代行殿が破壊したものですから、あの人が対策していないわけがない」

「で、ですよね」

 自ら起こした爆発に巻き込まれるのは間抜けである。智機はそこまでアホウではないだろう。


 聞こえていた。

 周りの人々には聞こえないようで、ファリルは一瞬、錯覚かと思ったが、確かに聞こえていた。

 誰かの泣き声が。


 光が消えると、そこには宇宙しかなかった。

 残骸すらもティーガーのエネルギーにすら成り果てている。

 ひとまず、衛星撃破という目的を果たせたことで、智機も一息つく。

 禁狼血刃およびクドネル軍も攻撃してこない。衛星を落とす前に200騎前後は落とした上に、RORも始末したので、士気を立て直すのが先決なのだろう。

「……やっぱり、戻るしかないか」

 地上の状況は分からないが、恐らくは騎士団対クドネル軍との戦闘が始まっているだろう。帰る家が消滅したら元の子もない。

 持ち逃げということも考えないこともなかったが。

 しかし、智機の余裕も突如鳴り響いたアラート音で吹き飛んだ。

 センサーが巨大な時空の揺らぎを感知した。

 恐らく、いや、間違い無く艦隊規模の集団がこの空間にワープしてくる。増援の可能性もなくはないが、この場合は敵として見たほうがいい。

 事前に設定しているポイントに移動する。

 しかし、今回ばかりは容易とはいえなかった。

 智機のいる地点から、ガルブレズに降下できる衛星軌道上のポイントまで距離があり、そこに向かうまでに残存勢力が猛烈な弾幕を展開する。

 光と実弾の雨を紙一重の差ですりぬけ、あるいは受け流すと同時に、発砲してきてきたEFを始末する事自体は簡単ではあったが、艦隊規模の敵がワープを完了させる前に、ポイントに到達するには時間が短すぎた。

 進路上に立ちふさがっていた空母を、弾幕をかいくぐって、衛星を始末したと同じ手順で撃破したのとワープしてきた艦隊が完全に実体化したのと同時だった。

 巡洋艦、戦艦、空母と大小取り混ぜて20隻を超える大艦隊。その全ての艦船は末期色一色に塗装されている。

 そして、墨痕鮮やかに「新車呉」のロゴ。

 智機は事前にナビゲードしていた降下ポイントにたどり着く。

 ここからが本番っていうことか。

 ロックオンされている感覚はいつでも慣れない。

 回避することはできない。大気圏突入はドリフトで可能であるが、回避すれば位置がずれてしまい、ガルブレズに降りることができなくなる。

 ドリフトとティーガーの装甲の硬さにかけるしかない。

 実際、降下準備を整えている間、敵軍からの一斉射撃を浴びまくっているが、ドリフトでかけているバリアの効果は絶大で、透明な防御幕に実弾やビームが弾かれまくるが、安心にはほど遠かった。

 強敵に狙われている。

 緊張感にジリジリと焼かれる感覚に耐えつつ、智機は降下準備を完了させると、智機は降下しようとした。

 その瞬間、末期色な戦艦から、一個艦隊を丸々飲み込むほどの光線が、ピンポイントで智機めがけて発射された。

 鼓膜を粉砕するほどの絶叫と共に


「ちぃぃぃぃぃぃぃぃっくびぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃむーーーっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」


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