魚が好き
私の母は魚が好きだ。
旅行の為に飛行機で韓国に行く時も、機内食はいつも魚を選んだ。定食屋さんでは、いつもホッケの塩焼き定食を頼む。夕飯を作る時、肉がいいか魚がいいか聞くと必ず魚と答える。
母は本当に魚が好きだ。スーパーに行くといつも鮮魚コーナーで何かしらの魚を手に取る。鯵、鰆、柳葉魚、鰹……。種類には拘りなくその日目に付いた魚を買う様だ。
母はパンを買いに来ただけの日も必ず鮮魚コーナーに立ち寄る。そして美味しそうな魚があると必ず手に取り買って帰るのだ。私がなぜ魚を買うのか聞いても、ただ「魚が好きだから」としか答えてくれない。何度聴いてもその返答で、誰が聞いてもその返答なので本当にただ魚が好きなだけなのだろう。
今夜の夕飯は鯵の開きだった。日曜日の夜。食卓は珍しく3人で囲まれる。
平日の夜は大体、私は部活で帰りが遅く、父は仕事の帰りが遅かったり、夜勤で夕飯が1人だけ早かったりする。それぞれ1人ずつ別で食事を取るので、何も無い日曜の様に3人で食卓を囲む機会は少ない。たまに私がテスト前で部活が無く、父が偶然早く帰ってきた時に3人で食卓を囲むことがあるぐらいだ。
そういえば、鯵の開きを頬張る父を見て思い出した。確か、父も魚が好きだった。
父は、食べ物の好き嫌いに関して語る事が少なく私もあまり知らないが、父も定食屋さんと飛行機の機内食は魚だった。言わないだけで大の魚好きなのかもしれない。良く考えれば、父の酒のつまみはビーフジャーキーでは無く、魚の干物や帆立のヒモ、烏賊の燻製が殆どだ。たまに頂きもののビーフジャーキーやチーズを食べる程度。自分で自発的にビーフジャーキーやチーズを購入してくると言った事は無い。
と、言うことは。と私は父にある質問をしてみる事にした。
「ねぇ、お父さん。お父さんとお母さんって魚が好きだから付き合ったの?」
父の部屋のドアを手で押え突っ立って聞いた。母は居ない。
「違うよ。俺らの馴れ初めはな……」
父が母との馴れ初め話を始めると長くなりそうだったので、話を遮るように「ありがとう。お父さん」と言い、そのままドアを閉めて走って自室に戻った。
これは、おばあちゃんに聞くしかない。私はそう考えた。
私は明日、部活帰りに学校から二駅離れたおばあちゃんちに寄り道をすることにした。
「ねぇ、おばあちゃん。お母さんってお魚好きなの?」
老眼鏡をして季節外れの編み物をしているおばあちゃんは、あはは。と笑い「あの子が魚好きね。なんでそんなこと聞くの?」と手を止めた。
「だって、お母さん魚ばっかり買ってくるし、魚ばっかり食べてるし……」
おばあちゃんは編み途中の編み棒をそのまま机の上において私の方を向いて真剣な眼差しになった。
「あのね、りこちゃん。あの子はね……」と母と父の話を始めた、
母と父が出会ったのは、母とおばあちゃんが出かけた旅行先の鎌倉だったそう。母が当時住んでいたのは福岡県の北九州市だったから、東京に住む今とは違い、関東に遊びに行くと言うとみんなから憧れられたそう。
母が21の時、母は2人で鎌倉の喫茶店に行ったんだって。その時、母が日傘の先を机に引っ掛けてしまって、ある一人で来ていた男性の机の上にあったコーヒーが零れてしまって、スーツが汚れちゃって。母は謝るためにその紐の連絡先と住所を聞いて、後日謝るためにはるばる京都まで行ったんだって。
実はその男の人が今のお父さんのお兄さん。私目線の叔父。
京都の叔父の家に謝りに訪れた時、お茶を出してくれたのが弟である私の父で、父は謝られることを断る叔父に対して必死に謝る母の姿を見て、惚れたらしい。
それから2人が付き合う事になったらしいんだけど、おばあちゃんが言うに、母は元々魚は食べず嫌いだったらしい。幼い頃から匂いだの見た目だのに言い訳をつけ、口にすることなんて一切なかったんだって。
お母さんは、魚好きだった父と旅行で同じものを食べてみたくて、父が美味しい美味しいと、頬張っていた魚を試しに食べてみたらしい。好きな人の好きな物を一緒に食べたいから……と。
好きな人の好きな物を一緒に……か。
母もあんなすました顔して意外とロマンチストだな、とか思いながら私は「ありがとう」とおばあちゃんにお礼を言い、おばあちゃんの家を後にした。おばあちゃんは心做しか少し嬉しそうにしているように思えた。
帰り道。
近所の家から焼き魚のいい香りがする。
秋刀魚か、柳葉魚か、はたまた鰯か。
何を焼いているかは知る由もないが、何となく微笑ましい気持ちになった。
今日の夕飯の魚はなんだろうか。
鼻歌を歌いながら明るいマンションへと吸い込まれていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます