そして、満月の日。

 そして、満月の日。


 俺は深夜まで続いた仕事が終わり、例の本を片手に月光の館に向かった。


 俺は一人暮らしのごく普通の高校生。両親は幼いころに蒸発。今に至るまでの記憶はほとんど無い。俺はそんな状態で、どうにか収入を得ている。休むわけにはいかなかった。



 月光の館に着いたが、明かりは全く点いていなかった。月が屋敷を照らし、恐怖感が漂っている。


 大きな門を抜け、屋敷の前に来ると、その大きさに圧倒される。


 重い扉を両手で押し開けると、そこには大きな空間が広がっていて、四人の男女がいた。


 四人の視線が俺に向き、沈黙の時間が流れる。


 その時、後ろから何かが飛んで来るような気配がし、思わず前に跳んで避ける。気付けば屋敷の中に足を踏み入れてしまい、それと同時に扉が閉まり、閉じ込められてしまったようだった。


「くそっ……せっかく開いたっていうのに」


 四人のうちの一人がそう呟く。


「お前は何者だ」


 四人ではない誰かの声がする。中性的な声だが、女性の声か。


 音質を考えるとどこかにスピーカーがあるのだろう。そこから流れている声だ。でも、録音ではなさそう。


「俺は……その……」


 仮にここが殺しの現場だとして、名乗っていいものなのだろうか。そう思って少し悩んでしまう。


 ここは偽名が妥当か。


「俺の名前はライト。高校生だ」


 名前は違えど、肩書は合っている。


「へぇ……どんな理由にせよ、ちょうどいいから君には探偵をしてもらう。今起こっている殺人ゲーム。それを解決しなければ、そこにいる全員が死ぬ。君も含めてね」


 なんという巻き込み。理不尽だ。しかも、探偵だなんて、そう簡単にできるようなものじゃない。


 だが、従わなければ何をされるかわからない。だがら、従うしかない。


 しかし、噂は本当だったようだ。


「わかった。でも、今起きていることをまず教えてほしい」

「それはそこの四人に聞きたまえ」


 最後は丸投げだった。


「……ということなので、よければ教えてほしい」


 俺はその四人にそう呼びかける。


 現実リアルでは自分から話しかけるなんてことはない俺が、自分からそう言ったことを褒めてほしいくらいだ。誰とも喋らないし、目も合わせないような俺だが、この状況でそれは自分で自分の首を絞めるようなこと。普段は必要性がないから話さないだけで、必要性があるのだから話す。それだけだ。


 そして、四人は今の状況を教えてくれた。


 気付いたらここにいて、屋敷に閉じ込められ、殺人ゲームに参加させられたらしい。


 犯人を見つけるまでがゲームで、犯人とされた人物はその真偽を問わず、殺される。そして、それが正しかった場合は、他の人たちは生きて返される。間違いだった場合は、犯人を除いた全員が殺される。


 殺されたのはプレイヤーの一人、永井ながい珀仁はくと。結局、手遅れだった。


 その説明をしたのは、まとめ役の清水しみず響基ひびき。そういう立ち位置の人間は議論を誘導しやすく、誰かに擦り付けることが容易に可能。怪しい。


 清水が名乗ったことによって、次々に名乗り合いが始まる。


 若くてツンデレ気質がありそうな女性、大風おおかぜ光里ひかり。ツンデレ気質は、この状況も相まって出てきた台詞によるものか。ツンデレというのは間違いだったかもしれない。


 次は気弱な雰囲気が滲み出ている女性、作家さくやゆず。その雰囲気故に心配になるが、この状況で冷静でいられる方がおかしいか。


 最後に残った男は、人とは関わりたくない、何でこんなことに巻き込まれてしまったんだと思っていることがバレバレな態度を取っていた。名前は土井どい風雅ふうが。だが、協力してくれないわけではなく、悪い人ではなさそう。それだけがまだ救いか。


 それから、永井の死んでいた状況や、その時どこにいたか、その他に気になったことなどを聞いた。


 永井は三階の部屋で、銃弾に撃ち抜かれて死んだ。もちろん銃声はした。窓が開いていて、他にも開いている窓があったことから、そこから別の部屋に逃げたと思われる。そしてその容疑者が、三階にいた土井だった。


 だから土井はあんな態度を取っていたのか。と理解しておくが、素がああなのかもしれない。


 他の三人は、清水が一階、大風がエントランスホール、作家が二階にいたらしい。


 清水が一階にいたのは大風が保証するらしいから、清水が犯人の線は薄いと考えていい。扉も開かないようにしているのに、一階の窓が開いてしまうのは意味がわからないから、窓を伝ってという線も無さそうだ。


 他の三人はわからない。全員否定はするし、怪しい点もない。このままじゃ、犯人の特定はできない。


 何か、見落としている点が……?


 聞いたこと、起こったこと、全てをもう一度振り返る。


 その時、俺の脳内に閃光が走るように真実が映し出された。これが、閃いたということか。


「……わかりました」

「え……?」

「それって……」

「確証は無いけど、それ以外の可能性が考えられない」

「本当に……!?」

「嘘……」


 誰も犯人がわかるだなんて思っていなかっただろう。俺もその一人だ。


「お、わかったか?」


 最初の中性声がそう聞いてきた。ずっとここの様子を見ていたようだった。


「犯人は誰だと思う? 探偵」

「犯人は……あそこにいる」


 俺はそう言って、窓から見える大きな樹を指差した。


「何言ってんだよ……」


 土井がそう呟くように言う。


「どういう推理か、聞かせて貰ってもいいかな?」


 中性声がそう聞いてきた。そこまでが探偵の仕事か。いいだろう。


「……あの木の上に、スナイパーがいる」

「そう思った理由は?」

「窓が開いていた。俺が入る時に銃弾が飛んできた。その二つの角度を考えた先にあるのはあの木だった。こんな都合のいいことなんてないだろ?」


 俺が思い出したのは、ここに入って来た時のこと。何かが飛んでくる気配がして、思わず飛んで避けた。そのおかげでここに足を踏み入れてしまい、閉じ込められた。飛んできたものの気配を考えると、あれは銃弾だ。


「この四人の中にいるという可能性は?」

「……考えにくい。銃弾の形状的に、これはスナイパーライフル。そんなものを持ち運べるとは思えないし、至近距離で撃つようなものじゃない」


 仕事の影響で、銃については人より少し詳しい。その知識がこんなところで生きるとは思わなかったが。


「……見事だ。本当に見事だ」


 音質が変わった。機械音声じゃない。実際の声。どこから聞こえてきているんだ……?


 その瞬間、入口の大きな扉と、その上にあった大きな窓が同時に開いた。


「「やっと見つけた。《探偵》」」


 中性声と、若い女性の声の二つが、同時にそう言った。

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