第24話

 4日後、取り敢えず十和誘拐未遂事件と滝上真二殺害事件の実行犯が逮捕され、主犯の逮捕も時間の問題と考えて、岡引一家は揃って十和ちゃんのいる「よってこ」ラーメン屋に向かう。

 十和ちゃんは未だ気持ちが落ち着かないだろうに、健気にも元気そうに働いている。

一心が言葉を掛けると、目を潤ませて頭を下げる。

 一心がラーメンを啜りながら大将と巷の話をしている時、ふとカウンターの端に置かれている猫に気がつく。

「大将、招き猫なら分かるが、何でぬいぐるみの猫がカウンターに置いてあるんだ?」

「あ〜っ」十和が突然叫ぶ。

「それ彼から貰った・・」

あとは涙で声が詰まる。

美紗がすかさず、ぬいぐるみを触りまくる。

「何かある」

縫い目に指を差し込んで、もぞもぞ暫くやってから抜く。

「鍵だ!これ浅草銀行の貸金庫だ」

美紗は飛び跳ねる。

一心が鍵を見ると、「ABNK」と刻まれている。

「行くぞっ!」美紗を見ながら一心は食べかけのラーメンをそのままにして、玄関を開ける。美紗も続く。

浅草支店まで6百メートルほど走る。

美紗が先に着いた。

融資窓口のカウンターへ行って、行員に鍵を見せる。

「貸金庫っ!店長!」

店長は前回「浅草銀行強盗殺人事件」のとき代理だった、店長が殺害されるという緊急事態に、取り敢えず大分代理が支店長に昇進し、以来支店長を務めている。

「その節はおせわになりました」

和かにカウンターまで出てくる。

「店長!事件絡みだ、至急貸金庫を開けてくれ」

「分かりました、岡引さんなら間違いないので、直ぐ開けます」

中央に座っていた役席らしい人を呼んで、開けるよう指示する。

案内されて、貸金庫室へ、融資窓口カウンターの奥にある。

先に、行員が美紗の持つ鍵を見てから、その番号の片方の鍵穴に店の鍵を差し込む、続いて美紗が鍵を差し入れ、回すとカチッ解錠される。

一心が扉を開けて、取っ手を引くと蓋付きの抽斗が抜ける。

それをテーブルに置いて、蓋を開けると、(株)富埋貿易と表紙に書かれた帳簿と指輪のケースのような物と何かの用紙とメディアが入っていた。

 警部が息を切らせて駆けてきた。

「警部、あった。裏帳簿だ」

「やったー」跳び上がって喜ぶ美紗。

帰りは警部が呼んだパトカーでゆっくり。

事務所で帳簿以外のものを確認する。

指輪のケースには婚約指輪。

十和に電話を入れ、事務所に呼ぶ。

走ってきた十和をソフアに座らせ、指輪を見せる。そして、一枚紙を開くと「婚姻届」と書いてあり、そこには滝上真二と書かれている。保証人欄には「小野康史」と書かれている。十和は知らない人と言うので、大学の友達よと美紗。

もう十和は笑顔の上に涙が伝っている。

美紗がパソコンをテーブルに置いて、メディアをセットする。スタートすると滝上真二が真顔で、これが二重帳簿である事を示す証拠だと言って、帳簿を見せて、中を開く。

それから1時間ほど一心には全く理解のできない、経理上のだろうと思われる説明が続く。そして切れる。

 利益の隠し方、役員と課長の関わり、役員である澪が五稜議員の特権を使って麻薬の密輸をやっていて、その会計処理の仕方を具体的に細かく説明している。と警部が話した。

 画面の砂嵐状態が続き美紗が止めようとした時、再度、滝上真二が姿を表す。

それからは、十和へのメッセージ。

十和への告白。事件が解決したら結婚したいとプロポーズの言葉。30分続いた。

 既に陽が落ちかけて夕涼みの時間帯、窓から入る夕日よりも赤らんだ十和の笑顔。頬を伝う涙がキラリと輝いている。

十和の手の甲に滴り落ちる涙、しゃくり上げる肩。全員が涙。涙の美紗がメディアをふたつ作って警部と十和に差し出す。

 警部はスッと立って署に戻ると一心に目顔で伝える。

 十和は指輪と婚姻届とメディアを大事そうに胸に抱える。

「有難うございました」が言葉にならない。

「ほんに、よろしおしたなあ。大事にせなあかんえ。ほんで、母ちゃん恋しうならはったら、うちとこおいで。うちが母ちゃんや。一助も親戚やけど、親亡くしてここにいはるよってに、気にせんと、おいなはれ、な」そっと十和を抱きしめる。十和は静の胸に顔を埋めてじっとしている。

 十和が帰りしな、止まらない涙を押して、何度も頭を下げる姿に、一心も目頭が熱くなるのを覚える。


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