第15話
美紗と一助は滝上の住んでいたマンションの玄関前に立っている。一助が管理会社から借りてきた鍵を鍵穴に差し込んで回すと、カチャリと解錠になる。
部屋の中は事件当日そのままでグチャグチャ。靴にビニール袋を被せて部屋に入る。美紗は臭いが気になり窓を開けると、気持ちのいい風が吹き込んでくる。景色は・・ビル、ビル、ビル、レースのカーテンを閉める。
探し物は大学生時代の友達の情報。書類や書籍類が色濃く散らばっている辺りを中心に探す。
ややあって、年賀状がゴム輪に括られて出てきた。美紗が持参したタブレットに名前や住所、電話を入力してゆく。50枚有るか無いかといった量を5分足らずで終える。名簿や卒業写真といった類のものは無かった。施錠してマンションを離れ鍵を返して、神田にある北道大学を目指す。
学生課で身分を明かし、学生名簿を閲覧させて貰う。持ち出しは禁止になっているという。
一助が名前を読み上げ美紗がチェックする。
始めの方で一件ヒットしたがその後はなかなか一致しない。結局、一件ヒットしただけだった。小野康二(おの・こうじ)という名前だ。電話も住所も記載されていた。それをタブレットに入力して、電話をかけてみる。部屋を探し切れなかったのか、友達が随分少ないと思う。
なかなか出ずイラッとする頃、本人が出た。滝上さんの事でというと、午後2時頃に会ってくれる事になった。大学の近くの喫茶店を指定された。
美紗と一助は1時半頃着いて、並んで座りウェートレスにオムライスとコーヒーを頼む。対座していないので、ウェートレスは妙な顔をしていた。
運ばれてきたオムライスに手をつけコーヒーを啜っていると、待合せ時間の大分前に大男がすぐ脇に立つ。ギョッとした美紗だが、
「岡引さんですか?」優しい声だ。
頷いて席を勧める。ウェイトレスを呼んでコーヒーを頼む。でかい。レスラーを想像させる。
「お忙しい所、済みません」
普段では使わない言葉で話ができるんだと、感心するような目つきで一助が美沙を見る。
それに気が付き、三角の目を一助に向ける。
「で、滝上さんの、性格とか、学生時代の様子とか聞かせてもらいたいのですが」
「はい、彼は、真面目、正義感が強い、男らしくない、スポーツ嫌い、優しい、頭は良い。このくらいでどうでしょうか?」
「ちょっと面食らう美紗。」
貰った名刺にはシステム・エンジニアと書かれている。職業柄なのかなあ、箇条書き的な話し方だ。
「男らしく無いんですか?」
「そう、学生は金が無いのは当たり前なんだけど、買う物は忘れたけど、二千円くらいのもので迷ってて、次の月、まだ迷ってるんだ。じゅくじゅくとして男らしく無いとその時に思ったんです。人の物を買うときは、割とパッと決めるのに、自分の物となると喉を掻きむしりたくなるほど決められない」
「なるほど、それは男らしく無い。そうすると、彼女とかは?いたんですか?」
「そう、2人、時期を別にですけど、卒業の頃には別れていて、居なかった」
「ほう、持てるんですね。じゃあ、柊十和さんという名前は聞いたことありますか?」
コーヒーが彼の前に置かれ、ブラックで飲もうとするが、持ち手に指が入らない。クスッと美紗。頭を掻いて、鷲掴みでコーヒーを啜っている。
「そうそう、十和さん、大学4年になった頃、何処だったか、ラーメン屋に2人で行って食べてたら、可愛い娘いるって彼が」
「それ浅草のひさご通りじゃないですか?」
「かも知れない、俺はよく覚えちゃいないが、それから彼は毎日のように神田からそのラーメン屋に通って、就職してからじゃないかな付き合い出したの。確か年賀状に、やっとデートしてくれたと書いてた。そのくらい好きになったんじゃ無いかなあ。殺されるなんて、何があったんですか?」
「それを、私らも、警察も調べてるんです」
「なる。おたく美紗さん、美人ですねえ、どうです、僕と付き合いませんか?」
「ざけんじゃねえ!」
いきなりの大声と三角の目の美紗。一助はあちゃーという顔をする。
「ごめんなさい」美紗の目の色が、やっちまった色に変わった。
「俺もちょっとふざけちゃって」頭を掻く。
「就職してから、何回か連絡取り合ったんだけど、初めの頃は、覚えることあり過ぎで大変だと言ってたけど、彼女に尻叩かれて頑張ってたみたいだよ。最近は、社内に不正があり、告発したいというほど何か問題があると言ってた。今年の1月の中頃だったか、公益通報制度とかって知ってるか訊かれた事あったけど、俺は名前しか知らないと言ったら、そっかあと残念そうだったなあ。だけど、相続問題で彼女がどうのとか言って、働いている会社の経営者と彼女との繋がりが、問題にされて困ってるとも言ってた。それに巻き込まれたのかもしんないなあ」
「大学時代に付き合ってた彼女の名前知らない?」
「うん、大江陽子(おおえ・ようこ)っていうんだ。実は、俺も彼女好きだったんだけど、彼女が滝上を選んだんだ。だから良く覚えているよ」
「今、何処にいます?」
「浅草の仲見世で働いてる。俺もよく顔見に行くんだ。店の名前忘れたけど、焼きそば焼いてる。チビで、ショートカット、小太りで、メガネ。見たら直ぐ分かるよ」そう言って笑う。
何がおかしいのか美紗には理解不能だった。
「有難うございました。さっきは失礼な言葉すみませんでした」大人な美紗は珍しい。
レシートを持って先に店を出た。
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