第14話
度々すみませんと、人事課の女性に頭を下げる。
「警察も大変ですね。さっきも、専務に怒鳴られたりして」
故意にそうしたとは言わず、色々な人居ますからと、笑って誤魔化した。
「お姉さんも、役員を相手にする事が多いから、結構怒られたり、お客さんに気を遣ったりで、大変な職場ですよねえ。私らみたいな変な奴らも来ることもあるだろうし」
彼女は口に手を当て笑いをこらえている。返事は無かった。
経理課はこちらです。とドアを開けて中に入り、課長を呼んでくれた。
この会社に入ってから5時間が経過しようとしている。
「お待たせしました。課長の富埋兼伸です」
案内されて小さな会議室に入る。名刺を受取り、2人で身分証を示す。勧められて対座する。
「丘頭といいます。早速なんですが、滝上真二さんの事件についてなんですが、先ず、心当たりとか有りますか?」
「いやあ、只々驚いてしまって、ここへ来るだろうなとは思ったんですが、答えるべき何も無いので、申し訳ないな」
「彼の仕事振りはどうだったでしょうか?」
「真面目、正確でピッタリ経理向きです」
「はあ、人間関係は?社内恋愛も含めて?」
「付き合ってる人は居るような噂は聞いています。このセクションは部外者は近づかない、どちらかというと嫌われる部署なんで、課内に岡部蜜貴(おかべ・みつき)という歳も近いのが仲良くしてたようです。」
「ちょっと聞きづらいのですが、パワハラなどハラスメントは?」
課長は眉をピクリとさせて、
「私が直属の上司で、監督する立場に有ります。そのようなことは絶対に有りません」
「そうですか、3月14日の午後8時半から9時半の間はどちらに?」
「今月は決算月で、一年で一番忙しいんです。彼の分もこなさなきゃなんないので、帰宅したのは、ずっと10時過ぎです。岡部くんも一緒でしたから、聞いて貰えば分かります」
「有難うございます。ところで、柊十和さんはご存知ですよね。叔父さんの鷗州さんのお子さんの・・」
「娘かどうかは知りませんが、名前は知ってます」
「誘拐されそうになった事件は?」
「いや、知りません。そんな事があったんですか?」
「そうですか、有難うございました。社員のなかで特に滝上さんと仲の良かった人とお話したいのですが、岡部さんになりますか?」
「はい、このままお待ちください」
課長は立ち上がって、手招きし自分は目礼して席に戻る。
お茶を啜っていると間も無く、男性が現れる。
男性が名刺を差し出す。岡部蜜貴(おかべ・みつき)と書かれていた。
「忙しいところ申し訳ない」2人で手帳を見せる。
「早速ですが、滝上さんの事教えて下さい。先ず、ご関係は?」
「この会社で同じ課に配属されて一緒に働いています。僕は2年になります。歳は僕が2つ上ですけど、ここは彼が1年早い」
「具体的なお仕事をお願いします」
「彼は記帳、集計して機械が打ち出してくる。財務の帳票を見て、良いとか悪いとかをする仕事。だから、結構、課長と言い合いになったり、役員から呼び出されて、報告したり。重責。僕は、伝票起こしと予算と実績比較検討かな、だから期末は忙しい」
「殺害の動機とか怪しい人物とか、何か思い当たる事は有りませんか?」
「確かに、最近、口数減って難しい顔してた。飲みに誘っても、今日はダメって言われてもう暫く行ってない」
「その悩みは、個人的なものでしょうか?それとも仕事上の?」
「個人的には、彼女と仲良くやってるみたいですよ。うちの会社3月決算だから、その関係かも」
「でも、役員さんたちは何も言ってないんですがねえ」
「それはそうでしょう。外部の人に決算に問題があるんんて絶対言わないでしょう。信用問題ですから」
「という事は、何か有るんですか?」
突然、小声になる。
「・・・仕事終わってから外で話しませんか。僕は彼の仇取りたいから、他の社員には内緒で話したいことが有ります」
「分かりました。じゃあ、夕方7時頃で大丈夫ですか?」
警部は自分の名刺の裏にコーヒーショップの名前と場所を書いて渡す。
「分かりますか?」
岡部は黙って頷き名刺を胸のポケットにサッとしまう。
「他に、彼の友人とかいないですか」
「いやあ、このセクション役員とか結構出入りするんで、一般社員近づかないんで」
とニヤリとして頭を下げる。
「あの、今月の帰宅時間はずっと10時頃と課長が言ってましたが、そうですか?」
「そうですね。9時前に帰った事は有りませんね」
後の話は夜。と小声でいって仕事に戻ってもらう。
2人も課長に頭を下げ辞去する。
帰りがけ人事課の前を通ると、さっきの彼女が近づいてきて、先ほどは有難うございました。私こういうものですと名刺を出す。警部が小首を傾げると。彼女の唇が「うら」と動いた。声は出していない。
見ると。「午後5時半、ミラーというカフェで」と書いてある。そこは彼に警部が指定したカフェだった。頷いてエレベーターに向かう。
「ご苦労様でした」彼女の元気のいい明るい声が送ってくれた。
時計を見ると午後4時を回っている、6時間近くこの会社にいたことになる。佐藤刑事に名刺を見せて、そのカフェで軽い食事をして待つことにした。
店は「浅草花やしき」の近く。
店に着いたのは、5時になる所だった。
サンドイッチを食べてる最中に、彼女が来た。原岩かすみ(はらいわ・かすみ)といった。29歳独身と自称した。店員を呼んでコーヒーを注文する。
「あの〜私、柊十和さん知ってるんです。」
いきなり話し始める。恐らく言いたくて仕方がなかったのだろうと警部は思いながら聞く。
「専務の元かのの娘さんですよね」
反応を待たずに続ける。
「私、聞いちゃったんです。社長室で兄弟妹の3人が集まって、相続の話をしてて、滝上の彼女だろう。その十和って。滝上から相続拒否するように言わせろって。そこまで聞いて、ドアノックして、お茶をお持ちしましたと言ったら、皆さん怖い目で私を見るので、身のすくむ思いでした。で、出てから、隣の会議室に入って掃除しながら聞いてたんです。そしたら社長が、それを彼にやんわり言ったら、伝えます。とだけ彼は答えて、いつまでもその結果を報告しないもんだから、また、どうだった。と声をかけたらしいんです。彼は言うだけは言いました。後は彼女の判断です。と言ったらしいんです。それを社長は怒って、約束させろ。と社命のように言ったらしいんですけど、反応がなくて、それで雁首揃えて、あーだこーだいってたんです。だから、十和さん誘拐とか、絶対あの兄弟妹の犯行です。ひょっとすると、滝上さん殺したのも兄弟妹の誰かかもです」強い眼差しを警部に向けて持論を展開する。
「そうですか、参考になりました。あなたが見て、それ以外に揉め事は無いですか?」
「そうですねえ・・」
窓を通して空を見上げ、少しの間考えている。
「決算の時は、経理課と役員さんと、結構やり合ってますけど、前に滝上さんに聞いたら、決算の時は、利益を出すのか抑えるのかとか、私にはわからないのであれですが、何処の会社もそうらしです。利益を出すと税金が大変だとか有るみたいで、所謂、節税ということだと思うんですけど。売上は増えた減ったですったもんだするのは毎年のことですし、そのくらいですねえ」
「社内でパワハラ、セクハラとか人間関係のもつれとかは無かったですか?」
「それは無いと思います。聞いたこともないですね」
「そうですか、いや、有難うございました。また、お聞きすることあっても大丈夫ですか?」
「はい、裏に電話書いてますのでS N Sで連絡いただいた方が」
「分かりました、此処はこっちで支払いますので、お帰りいただいて結構です」
頭を下げ踵を返して帰って行く。
「家族の話と違いますねえ。相続絡み、怪しいですようねえ、どうです警部」
「まあ、岡部さんの話聞いてからゆっくり考えましょう」
コーヒーをお代わりして待つこと15分。彼が走ってくるのが窓から見えた。
「済みません。お待たせしました」
「こちらこそ、何か情報を頂けるとの事で」
ウェートレスが来てコーヒーを頼む。
窓外の景色がチラリと目に入る。彼女がファーストフード店に入るのが見えた。それで丘頭は納得した。
「岡部さん、歳上の女性は好きですよね?」
「えっ、突然どうして?」
「原岩さん、綺麗だし、優しく親切。好きになりますよねえ」
警部は目を据えている。唇が緩んでいる。
「分かりましたか?」
「このカフェを私が貴方に指定したら、直ぐそのあと、彼女がここを指定してきた。多々あるカフェで、会社からも近いわけでもない。そして、彼女ファーストフード店に今入ったのよ。コーヒー飲んで行ったのに、家へ帰らずによ」
「済みません、滝上の仇取りたくて、示し合わせました。・・彼女が言った以外に、真二が、決算がおかしい、正しくないと俺に言ったんです。課長にはそれを言ったんですが、うちの決算はこういうやり方なんだ。解釈が有るんだ。これで良いんだ。と言って聞き入れられなかったようです。それで証拠を掴んで開示するとか、公益なんとか制度を利用したいとか言ってたんです。だから、決算書の中身を検証したら何か出てくると思うんです。それに役員に使途不明な支出あるって言うから、冗談で、どっかの議員への賄賂とかじゃないの?って言ったら。真面目な顔で、そおかもって言うんで、えって思ったことあったんです」
「その制度は、公益通報者保護制度って言うのよ。あなた、その内容はわからないの?」
「だから、俺は知識も能力も彼より無いし、仮にそうでも告発とかは考えないと思う。それほど正義感ない」俯いて自嘲する。
「課長も社長も何も言ってなかったんですが、彼らが仕組んだ事だという事ですかね?」
「それ以外考えられません」
それだけ言って、後は原岩と同じことを言おうとしたと言って帰ろうとする。
「最後に、3月14日の夜8時半から9時半の間はどちらに?」
言い辛そうにモジモジする岡部。
「何か言い辛いことでも?」
「彼女と一緒でした」
「何処で?他に誰か?」
小さく咳払いをし意を結した様子。
「ホテルに居ました。9時半ころまで」
「そういう事でしたか。失礼しました。ついでに、名前は?」
「渋谷のラバーズ」
「有難うございました。言い辛い事まで言わせて、御免なさいね」
首を振って、深く頭を下げる。
「絶対、捕まえて下さいね」
足早に彼女の元へ向かって行った。
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