第13話

 取締役の部屋に入ると、彼女はもうソフアに座り煙の出ていないタバコを咥えていた。肩まで伸ばした髪は、丘頭警部と同じアッシュベージュの明るい感じで軽く内側に巻いている。化粧で顔色はよく分からないが、手入れが行き届いた感じで、肌だけなら30代でも通用しそうだ。口紅は警部には絶対に選べない真っ赤だ。ちょっと引いた。

手帳を見せ頭を下げて、対座する。

佐藤刑事にも内緒で、一心から預かったシール型盗聴器を夫々の応接のテーブルの裏に貼り付けてきた。ここでもお茶を頂く振りをして、スッと貼り付ける。

 澪は滝上真二の名前は、ちょっとしたトラブルがあって覚えていた。澪が部下に指示して起票した伝票では、経費の支出はできないと言われ、澪が腹を立て課長の兼伸を部屋に呼びつけ、何で決裁出来ないのよ!っと怒鳴りつけた事があったらしい。

 頭が固いというか融通が利かないというか、上司を上司とも思わぬとんでもない奴。というのが滝上に対する澪の印象らしい。

「それは適正な経理をやろうとする彼の正義感の表れじゃないですか?」

「部下は上司の指示通りにやってれば良いんだ。自己主張は会議の中ですれば良い」

「曲がった事でもですか?」

「何?私が曲がったことをしてるとでも言うのかしら?」肩をそびやかせて目くじらを立てている。

「どんでもない、例えばの話です」

「我が社はご覧のとおりコンプライアンスを社訓に上げるほど、適正な事業運営に努めております。曲がった指示などあり得ません」

誰でもその程度の事は言えるよなあと思う。

「その課長を怒鳴りつけたのはどういう?」

「経費で支出要請したら、交際費ですと言うのよ。交際費だと役員と言っても自由には出来ないから、それで言った訳。分かった?」

「成程、そういう事でしたか」

明らかに澪の曲がった解釈だと思いつつ、事件には関係ないので、それ以上突っ込むのは止めた。

 十和について訊くと。誰のことかすら分かっていなかった。兄鷗州の昔の彼女柊仁美のひとり娘というと、朧げに思い出したようだ。

誘拐未遂事件のことは全く知らないようだった。

 柊仁美について訊くと、当時は随分と家の中でも揉めて大変だったらしい。でも、自分は全く関係ないから、口も出さなかったようだ。

「お父さんに万一のことがあった場合、会社はどうなるんですか?」警部はちょっと腹を探ろうと聞いてみた。

「まあ、社長が仕切るんでしょうけど、私が、海外で仕入れしないと会社はあっという間に潰れるからね。販売ルートも私が鷗州に提供したんだから、私が社長やっても良いんだけど、身内だから、そう言う訳にもいかないんだなあ」

「そうですか、そこが一族経営の問題点かもしれないですね」

 警部は此処からは情報取れないと判断して話題を変えることにした。

「ところで、優さんはどんな方ですか?」

「会ったんでしょ?」

「一応は、短時間でしたから、今一よく分からないので、教えてもらえたらなって思いまして」

「そうねえ、私もしょっ中話せる訳じゃないし、親父の世話を次男の妻なのに、全部任せちゃってるから、偉そうな事は言えないんだけど、人の物を欲しがるかなあ、ほれ、一緒に働いてた鷗州の彼女だった人から、取ったでしょ。お腹に子供いたのに。人が着てる服みて良いと思ったら被っても買って来るのよねえ、相手の方が気を遣って着れなくなるでしょう。そういうとこあるなあ。あっ、陰口になっちゃった。はっはっは」

 貿易の相手国について訊く。アメリカ、中南米、東南アジアの国の名前が澪の口をついて出てくる。実際、それらの国々を歩いているらしい。

輸入品にはどんなものが有るのかと訊くと、装飾品や衣料品、民芸品など多種多様だという。

そんなもんかと、適当に雑談をし礼をいい引き上げることにした。

「あっ、最後に、澪さんは海外へ行く時には、ボディガードとかをつけるんですよね」

「そりゃそうよ、日本以外は危ないからね」

「何人くらい雇ってるんですか?」

「常時雇ってる訳じゃないわよ。外国行くのが決まったら、週単位に契約するのよ。大体4人かなあ」

「前回はいつ頃の契約でした?」

「何よ、あんた。私がそのボディガードに十和を誘拐させようとしたとでも言いたいわけ?失礼にも程があるわよ!」

「すみません。本部から必ず聞けって言われてて、私は嫌だ、関係ないでしょうと言ったんですが、本庁の指示に従わないと首になるので、済みません教えて下さい。」

「まあ、あんたもサラリーマンだからね。しょうがないわねえ」

そう言って机の上に置いてあるバッグを開いて、手帳を出して、

「えっと、2月16日から3月2日迄の契約だったわ。実際は2月26日に帰国したから、成田で別れたけどね。誘拐はいつ?」

「はい、3月1日です」

「あら、そしたら契約は生きてるわねえ。」

ふふふと鼻で笑って手帳をバッグにしまう。

「ボディーガードはなんと言う会社なんですか?」

「ふーん、裏を取るってやつね。いいわ、U Sガード(株)よ」

メモ用紙に名前、住所電話を書いて警部に雑に差し出す。

「わざわざ済みません」こちらも一筋縄では行かないぞ風な微笑みで返す。

「もう一つ、3月14日の午後8時半から9時半の間はどちらに?」

「何、私のアリバイかい。え〜と、8時退社だから、どっかで食事してから帰ったと思うわ。多分、家に着いたのは10時頃と思うな」

「食事をしたお店はどちらですか?」

「覚えてないなあ」

「では、食事に寄ったことのある店を教えてください」

「何、あんた達全部当たる気してるのかい?」

「まあ、一応、無駄でもやらないと怒られるんで」

「ちょっと待って」

経理課に電話を入れたようだ。

「待ってて今、領収書持って来るから。それ見たら店わかるでしょ」

「なるほど、手間かけます」

「ほんとよ〜無駄な仕事させて」

「すみませんねえ」

ノックする音が聞こえ、女性がファイルを抱えて持ってくる。そして3月14日を探す。

「あったわ、店はカサブランカってバーだわ。さっき言った時間迄いた筈だから。場所は渋谷」

「済みません、ちょっと領収書見せて下さい」

そう言いながらその伝票を写真に撮る。そして鉛筆を澪の方へ転がす。

「ごめんなさい、落としちゃった」

鉛筆を拾う。

佐藤はわざとらしい警部の仕草ににんまり。

「お店に行って領収書無いって言われたら困るもんで。よく捨てちゃう店有るんですよ。売上を誤魔化すのに」

それから2人は辞去して人事課へ向かう。

「警部。何、やったんですか?わざとに鉛筆転がして?」

「あら、分かっちゃった。へへっ、内緒」

「そんなことより、あんた気が付いた?」

「何ですか?」

「ダメねえ、あんた、本庁追い出されるわよ。領収書!」

「はい、有りましたが?」

「バカねえ、日付だけ複写でなくて、ボールペンの黒インクで書かれていたしょ!だから、あの日に行ったのか分からないってことよ」

「はあ〜、なるほどですねえ」

「感心してる場合じゃないでしょ!確り、せっ!」

「参ったなあ・・」頭をぽりぽり掻く佐藤刑事。

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