第12話

 歩きながら事情を良く知らない佐藤刑事が鼻を掻きながら

「十和って誰でした?」と訊ねる。

「富埋家の相続に絡んだ犯罪の被害者だ」

警部の目が白くなりかける。

「止めて下さいよ、その目。済みません。勉強不足でした」舌をペロッと出す。

警部はニカッとして佐藤の頭を小突く。

女性がドアをノックして

「専務、警察の方です」そう言って、中に入るよう促してくれる。

 手帳を見せてソフアに対座して、初めに滝上真二の殺害について質問する。課が違うので話もろくにした事はない。細かい話なら、課長の富埋兼伸に聞いてくれという。

それではと言って、十和の話だというと顔色が変わった。

「貴方の娘という事ですね」

「いや、認知はしていない。血縁も確認していない」

「十和さんが滝上さんの恋人だったことは?」

「滝上に恋人がいたことは聞いたが、十和との関係は知らない」

「その十和さんが滝上さんの殺害事件の前に、誘拐されそうになりまして、危うい所を通りがかった方に助けられたんです。聞いてませんか?」

「いや、何も」

「富埋家とは相続問題がありますから、その関係だと思ったんですがねえ」

「私がやったとでもいうのか!」拳を固く握って、警部を睨みつける。警部は「弱い犬ほど良く吠える」という諺が頭に浮かんで、笑いたくなるのを噛み殺すのに苦心惨憺する。

「でも、実子である事は認めますね」

「確認してないから何とも言えない」

「どうして確認しないのですか?」

「義務は無い」

「随分と冷たい言い方するんですねえ。では、相続時に十和さんが、自分は洋一さんの孫だと主張したらどうするんですか?」

「その時は、その時」

「という事は、資産を分けない方向で努力する。という事でよろしいですか?」

「何で警察がそんなにこだわるんだ!分からないと言ってるだろうがっ!」

警部は涼しい顔をしている。

「まあ、鷗州さん、落ち着いて下さい。取って食おうってわけじゃ無いんですから。

奥さんは関わりないのでしょうか?」

「妻は関係ないだろう」

「そうでしょうか?、夫の昔の女の子供に財産取られるのは、面白く無いと思いますがねえ」

「相手は相続を拒否すると言ってるんだ。もう、良い加減にしてくれ!」

「相手とは、誰の事です?」

「勿論、柊仁美だ!」

「何か、書類を残されてるんですか?」

「そんなものは無くても、この俺が聞いたんだ。間違いないっ!」

「はははっ、それじゃあ、証拠も何にも無いって事じゃ無いですか」

「うるさい!警察にとやかく言われる筋合いはない。帰ってくれ!」

「分かりました。あと、仁美さんの事故のことなんですが、鷗州さんは、何処までご存知ですか?」

「優から聞かされたから全部知ってる」

「仁美さんが臨月に入ってるから、今は出かけたくない。会うのは生まれてからにしましょう。と言ったのに、優さんは、どうしても今、謝っておきたいから、どうしても会って欲しいと、繰り返し電話を掛けたこともですか?」

「何!俺は、仁美が赤ちゃん生まれたら何かと忙しいから、産む前に優に会っておきたい。そう言われて、心配だったけど会うことにした。と聞いてる」

「おや?おかしいですね。言ってることが違う。仁美さんは釧路の叔母さんに電話で、優さんからしつこく誘われて、仕方なく、今日、これから、会いに行ってきます。そう言ってたらしいですが?」

「嘘だ!仁美が嘘を言ったんだ!」

「なぜ?それで何か良いこと有ると思いますか?」

「・・・」

「どうなんですか?鷗州さん!」

「そんなの知るわけないだろう!人のことなんだから」

「じゃあ、優さんの話が嘘だと仮定した場合、何が考えられますか?」

「何にもメリットは無い」

「そうでしょうか?仮に、事故を偽装しようとしたら、自分からしつこく誘ったとなれば、一層真実味が増します。が、相手から誘われたとなれば、歩道橋から落とそうとしたら、自分でやるしかない。しかし、目撃者は仁美さんは1人で歩道橋の上を歩いていたと言ってるんです。残念ながら、平らな所ですれ違ったので落ちる所は見てないんですがねえ」

「どうです、優さんに嘘をつく理由が有って、仁美さんには無い。これをどう解釈したら良いものでしょうか?」

「・・・」

「それと、優さんは事故の時、反対車線に車を停めて暫く見ていたそうですね。どうして、助けに行かなかったのかしら?不思議ですね」

「そんなの優に聞いてくれ!俺は忙しいんだ、もう帰ってくれ!」

鷗州の声は人事課まで響いていたようで、女性がノックして顔を覗かせ、大丈夫かと、声を掛けてきた。警部が頷く。

鷗州は紅潮した顔からだらりと汗を流し、焦点の定まらない目をしている。

「最後に、3月14日の午後8時半から9時半はどちらに?」

「お、俺を疑ってるのかっ!」

「いえ、テレビドラマでも警察が必ず聞いてるじゃないですか。あれです」

「俺は、14日は7時に帰宅だから、家にいたぞ」

「奥様はどうでした?」

「優か?確か母ちゃん連中でカラオケかどこか行って、帰ってきたの11時過ぎだ、あまりに遅いから、いい加減にしろと怒ったんだ。うん、間違いない」

「よくカラオケ行くお友達の名前知りませんか?」

「たしか、A社の社長夫人だと思うが、優に確認してくれ、いきなり警察が行ったらびっくりされるから。な、そうしてくれよ」

「わかりました。優さんに確認してからにします」

警部は話を細かくメモして頭を下げ辞去した。廊下に出てから佐藤刑事がニヤニヤしながら警部に囁く。

「警部、随分ねちっこくやりましたね」

「反応を見たんだよ。大したことないわ。それより次は、妹の澪、取締役のところね」

 人事課で取締役に会いたいと告げる。内線電話で何やら話した後、どうぞと言って案内をしてくれる。

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