第10話

 新宿にある(株)富埋貿易は、20階建てビルの9階ワンフロアを専有している。社員は50名年商230億円という中堅どころの会社だが、経営陣を富埋一族が独占して、最大の弱点とも言われているらしい。

 エレベーターに乗っている部下の佐藤刑事も同様、企業というものはさっぱりわからない、その中に犯罪者がいれば見つけて逮捕するだけだ。

 手帳を見せると、受付の女性が内線電話で会長に来客を告げた。会議室のように殺風景な応接室に案内され、座っていると、ややあって老人が入ってきた。

富埋洋一と名乗った。手帳を見せて、

「早速ですが、先日殺害された、滝上真二さんに付いて、社内外でご存知のことをお話頂けますか?」

「彼は、経理課勤務だ。25歳。新卒3年目経済と経営も学んできている。優秀だと聞いている。課長も将来を有望視していると言ってたなあ。個人的な事は知らん」

「殺害される心当たりは?」

「そんなもん、あるわけないだろう」

「社内での揉め事は?」

「そりゃあ、経営上の、経理上の問題を議論する。程度の事はあったと思うが、そんな事は殺人に繋がるようなものではない」

「これ迄の会社絡みの殺傷事件の原因事例ですと、使い込みとか経理操作、ハラスメント、社内恋愛となどの人間関係、人事問題など多種多様なんですが、そういったことが会長の耳に入ったような事はありませんか?」

「経理関係は社長の一行に聞いてくれ。社員同士の問題は聞いた事はない。ハラスメントも知らん。人事は最終決定は俺が下してる。不平不満は有るだろうが問題になった事はない」

「ここ数年内に、経理部門で辞められた方は?」

「滝上くんが入社して以来ない」

「私も良く分からないのですが、ここ数年をみて経営は上向きとか下向きとか、どうでしょうか?」

「質問の意味がよくわからんが、売上増で収益減。理由は経費増加。と、この位で良いか?」

「はい、ありがとうございました。それから、個人的な話になりますが、次男の鷗州さんと、柊仁美さんの事なんですが、会長さんが、子供は産むなと言って、手切金を渡して縁を切った。そう聞いているのですが?」

「今更何だ!何の関係があるんだ」

「仁美さんの娘さんが、滝上さんとお付き合いをしておりまして、十和と言います。誘拐されそうになる事件があって、それから殺人事件と続いたので、何か関わりがあるかもしれないと捜査本部でも考えておりまして、それでお聞きしてます」

「何だかよく分からん説明だが、十和という娘は知らん、見たこともない」

「仁美さんが歩道橋から落ちて亡くなったときに、産み落とした子供です。ですから、血筋を言えば、会長の孫に当たります」

会長の眉がぴくりと動いた。

「縁を切った女が子供を産もうがどうしようが、わしは知らん。もういいか、俺も忙しいんだ」

「最後に、3月14日の夜8時半から9時半はどちらにいらっしゃいました?」

「ん?アリバイか?」

「一応、関係者には聞いています」

「ちょっと待て。え〜、おう、A社の社長と飲んでるな。ほらこれだ・・」

手帳を開いてページを指差す。警部は手帳に書き写す。

「はい、結構です。これから社長さんにも会って帰ります。お忙しい中ありがとうございました」

丘頭警部と佐藤刑事は頭を下げ部屋を出る。

佐藤刑事は若いので会長の横柄な物言いにイラついているが、警部は何回もこういう場面を経験していて何とも思わない。

「まあ、立場からくる横柄さには馴れなさいよ」

佐藤はニヤリと口を曲げる。


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