第6話

 後ろ手にドアを閉める。向かい側のドアから中年の女性が和かに出てきて迎えてくれる。

女性は2人を手招きして、応接室の椅子を勧める。優だ。この応接室は洋風のガラステーブル、ソフア、サイドボードに絵画。どこかの有名デザイナーによるアレンジだろう。会長のには及ばないものの、専務という面目は保っている。

 静はすかさずシール型盗聴器をテーブルの陰に貼る。

 優はワンピースにカーディガンを羽織った、所謂、奥様風な出立ち。

挨拶もそこそこに。

「柊仁美さんの事件の事ですか?」

訊ねると、訝しげな眼差しをこちらに向ける。

「鷗州さんとは仁美さんの紹介で知り合ったとお聞きしましたが?」

「そうです、自慢の彼を紹介したいって言うのよ。私は他人の彼氏だから遠慮するって言ったんだけど、是非って言うのよ、それで無下にできないなあって思って、お昼ご飯を一緒に食べたのよ。そしたら後になって、その彼から電話で会いたいって、番号なんか教えてなかったのに。断ったの、だって友達の彼氏でしょう。そしたら、仁美のことで相談したいっていわれて、それじゃあってことになったのよ」

「優さんから、仁美さんの彼を紹介してくれと繰り返し頼んだ。と聞いてきたのですが?」

「誰がそんなこと言ったのよ?良い加減なこと言わないでよ!」

「どうして仁美さんは自分の彼をあなたに紹介したいって言ったんでしょう?」

「そんなことわかんないけど。自慢したかったんじゃないの」

「仁美さんの性格を考えると、そうは思えないんですが?」

「だから、わからないって言ったでしょ!」

「でも、親友だったんですよね?」

「友達よ。同じ職場だし、独身二人だから、色々話しただけ」

「そうですか?仁美さんは、優さんを親友だって、身内に話してたんですけどね?」

「だったら、そう思ってたんじゃないの。私は知らない」

「で、それから彼との付き合いが始まった?仁美さんには?」

「初めは言えなかった。でも、一線を超えちゃってから、言わなくちゃと彼に言ったのよ。」

「それで、仁美さんと別れた?」

「そう」

「その初めの相談って?」

「いや、何でも無いのよ、結婚は考えてないって言ってた。口実よ」

「別れた後、仁美さんに子供が出来ていることを聞いてどう思いました?」

「どうもこうも、こっちも好きになってたし、おろしてもらいなって頼んだわ。だって、しょうがないでしょう」

「仁美さんは産むって言いましたよね?」

「ええ、困って、彼がお父さんに相談したら、お金で決着つけたって聞いたけど」

「その後、仁美さんがどうしたかは?」

「臨月に入ってから、産む話を聞いて、それはしょうがないって思った。でも、申し訳ないなって思って電話したのよ」

「それで、会った帰りに事故に。でも、どうして途中で帰ったんですか?送るのに10分もかからないですよね?」

「そうなんだけど、五月蝿いのよ鷗州。約束は絶対守れって人だから」

「何の約束?」

「それが、忘れちゃって、覚えてないの」

「大した用事では無かった。ということですよね?」

「何よ、あなた、私が悪いと言いたい訳?」

「まあ、そう怒らないでください。普通に考えて、妊婦を呼び出して、帰り道、途中から歩かせるって考えられないんですよねえ。それなら、どうしてタクシーでも呼んであげなかったんですか?友達ですよね?」

「だから、急いでたって言ったでしょ!」

「いやあ、十和さんが襲われた背景を探ろうとしてるので、余計なことを沢山訊かないと、真実が見えてこないもんで、済みません。で、仁美さん、優さんのお友達とか彼氏とか教えていただきたいのですが?大学時代でも販売店時代でも結構ですが?」

「私は付き合った人沢山いて忘れた。学生の時の友人は安達淳、林香、戸田朋子かな?店のおばさんは、坂本和子、一ノ瀬良子かな?」

「学校はどちら?」

「目黒経営経済大学。三流校よ」

「販売店は新卒で?」

「そうよ・・あ〜、安達くん渋谷のカサブランカだっけかなあ、飲食で働いてるとこ見たことあったわ」

「失礼ですが、旧姓は?」

「私、大宮。静岡出身よ」

「仁美さんとは、その販売店で知り合って?」

「そう、映画行ったり、カラオケに居酒屋、よく行ったわ」

「いつも、2人ですか?」

「そう、あとは友達いなかった。というか独身2人だった気がする」

「長女の澪さんとは、よく話したりどっかに食べに行ったりするんですか?」

「滅多に無いわねえ、仲、悪い訳じゃ無いけど、私、義父のお世話してるから、土日とか時間ないし、彼女は働いてるからねえ」

「兄弟妹の会社での役割は?」

「長男が金、次男は営業、長女が貿易、会長が人事って感じかな」

「一行さんと澪さんは、両隣でしたね?」

「出て、右が義兄、左が義妹」

 一心と静は辞去して、兄の一行きと妹の澪の家を訪ねる。兄嫁の聡子に面会はできた。

静は応接テーブルに盗聴シールを貼ることを忘れなかった。しかし、目新しい話は聞けなかった。妹は夫婦で不在、諦めて帰ろうとした時、ちょうど車庫に車が入ってきて澪が姿を見せた。が、忙しいということで、改めて伺うといいつつ鞄に糸屑型盗聴器を放り込んだ。

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