第3話
一心は釧路駅前のタクシー乗り場でタクシーの到着を待っている。空港からのバスは満席で、終点の釧路駅からタクシーに乗る人も多い。ちょっと一服してから十和の祖父母の家へ行こうと思い、駅前通りに面したカフェに入った。玄関を入るとカウターとボックス席6つのこじんまりした店で、一番奥のボックスに場所を確保した。通りを眺めながらコーヒーを啜った。30分ほどしてからタクシー乗り場へ行くと、1台も客待ちの車は残されていなかった。人口減少が謳われ、確かに歩行者は少ないような気はする。だが、広く整備された駅前通りや、立ち並ぶビル群、行き交う車の流れを見る限りそんなイメージは湧いてこない。
10分ほど待たされて1台のタクシーが一心の前でドアを開ける。城山の住所を伝えると、小気味よい返事が返ってきて、気が置けない雰囲気が当地の土地柄なのか分からないが、好印象を受ける。
幣舞橋を渡る頃には晴れていた空が見えなくなった。これが有名な霧の幣舞橋だと運転手が説明してくれた。あまり霧というものを経験したことのない一心は結構驚いた。それでも今日の霧はまだ弱いそうだ。急な坂道をタクシーが登って、割と狭い曲がりくねった道を走ること10分、目的地に着いた。
総二階建ての二世帯住宅のように見える門構えのある家だ。インターホンを鳴らすと、同い年位の女性がドアを開ける。
「東京から柊十和さんのことできた、岡引一心と言います」そう言って名刺をさしだす。
笑顔で、遠いところからご苦労さまですと迎えられた。
リビングに入ると、老齢のご夫婦が既に座してお茶を啜っている。十和の祖父母だろう。
失礼しますといって対座する。
自己紹介をし、雑談にしばし時間を割いた後、早速なんですがと切り出す。
「柊十和さんの、お父さんについてお聞きしたいのですが?」
「私が聞いているのは、・・」叔母の柊五月(ひいらぎ・さつき)が応じる。
「東京の貿易会社を経営している富埋洋一(とみまい・よういち)さんの次男坊で、鷗州(おうしゅう)という当時20代後半で父親の会社で働いていた人と聞いています。それで、電化製品の販売店に勤めていた仁美とその店で知り合い、結婚を意識するまでになったようです。ところがねえ、世の中上手くいかないもので、大宮優さんというお店での親友だったという人が、相手がどんな人とか知りたいから、是非紹介してとしつこく言われて、仕方なく紹介したらしいんです。だって、その優さんて、人の物を欲しがる性格で、おまけに片親で、お金に苦労しててお金に汚いというか細かいというか、そんなんで仁美もちょっと嫌がってる風もあったんですよねえ。
で、心配した通り、大した良い男では無かったけどお金持ちの次男坊だから、良いと思ったんじゃないの、男に色目使って、モノにしちゃったという感じです。私は今でも腹が立ってます」
「なるほど、それでお腹に子供がいることに気付いて、認知を求めたら、ダメだと言われたとお聞きしましたが?」
「そうなんです、ひどい男でしよ。好きで付き合って子供できたら、良かったね、でしょ。そして縒りを戻して結婚ってなるんじゃないの?普通の男なら。あなたならどう?」
「えっ、自分ですか?そりゃあ結婚ですよねえ」一瞬返事に困って、ドギマギし汗を流す一心。
「すったもんだで、向こうの親が出てきて、金積んで、産むのは勝手だが、当家とは無関係だからな。と紋切り型ですよ。仁美、可哀想に。それで1人で産んで育てる決心をしたと言ってました。私も母さんたちも、そうだ、それが良い。手助けするから、と言ってやったのさ。帰ってこいとも言ったのよ。まあ、浅草で必死で頑張ったんでないかい。帰るとも、お金に困ったとも無かったねえ。
それで、もう1、2週間で予定日だって時に、歩道橋から転落事故だって。ほんと、可哀想に、子供を庇ったらしいですよ。警察の人とかも言ってました。
私は、向こうの家で将来お金の問題出るから、背中押したんだって、今でも思ってるわよ。
それから十和が高校出るまでここで面倒を見たのさ。言い娘だよ。母親が住んでいた浅草に住んで働きたいって、健気だよねえ。それであちこち手を回して、今のラーメン屋見つけたんだ。十和はそんなとこやだとか一切言わないで、ありがとうおばさん、お婆ちゃん、お爺ちゃんって泣いて喜んでねえ、ほんと可愛い。
あんた、探偵だって言ったわよね!
だったら、本当のとこ突きき止めてよ。私、母さんと話して、調査料っての用意したからさ」
そう言って封筒をテーブルに置く。
一心は、内心、仮にそうだとしても、20年前のことは無理だろうと思う。
「いや、費用は要りません。東京で十和さんの勤務先のラーメン店の大将から調査費用をいただきましたので、今回の誘拐の件と合わせて調べますから」と、取り敢えず逃げようとした。
しかし、「良いから、良いから、取っとけ調査ってのは金かかるんでしょう、だから、陣中見舞いだとでも思って、その代わり、頑張ってよ!」
とうとう、負けて受け取ることになった。
「それと、仁美さんの友達とかこちらに居たら話を少し伺いたいのですが?」
「そうだねえ・・・あっ、あれ誰だ、あの〜」暫く3人で顔を見合わせて、思い出そうと自分の頭を叩いている。
「あ〜、恵子ちゃんよ。鏑恵子(かぶら・けいこ)。えっと、住まいは愛国だったな」年賀状を探し出して、愛国の住所を教えてもらった。
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