女子高生ボッチィーズ

猿侯爵

第1話「新生活/ガールミーツガール/お金ないです。ごめんなさい/かわいいに勝るものはない」

[新生活]


 まどろみからの意識の覚醒。


 ああ、朝か。可愛らしい熊さんパジャマの袖で目をこすり上げ、再び閉じそうになる意識を無理やりに起こす。


 カーテンの隙間から差しこむ朝の陽気が桃髪の少女を叩き起こしたのだ。混濁する思考は少しずつクリアになっていき、今日は特別な日であることを思い出す。


 ――――私の名前は水島春乃。今日は高校の入学式。そう。これから私の新生活が始まるんだよね。


 春乃は陸地に上げられた魚が跳ねるようにしてベットから起きがあり、熊さんパジャマから制服へと着替えていく。新調した制服は今時珍しいセーラー服で、黒をベースにした全体像、それに赤いネクタイをつけたものだった。


 まずは鏡で姿身を整える。鏡に写ったのは朗らかな目つきに、輪郭のしっかりした卵のような顔つき、インドア派らしい白い肌。幼さを残した愛嬌のある顔立ちであった。自慢の薄いピンク色の髪もウェーブ上に整えて、ようやく朝の支度は終わる。


 水島春乃は拳を強く握りしめて、ラ〇ウのように拳を真上に突き上げて決意する。


「新生活。そう。きっと待っているのは新しい出会い。今日からボッチは卒業!! ちゃんと友達を作って晴れやかな高校生活を送るんだ!! 私、頑張れ! えい、えい、お~~~~」


――――――――そう思っていた時期も私にはありました。


 入学式会場にて。

 誰にも話しかけられることなく1人。周りのみんながわいわい楽しく話している中で、なぜか全員からスルーされていた春乃ちゃん。


 心で泣いた桃髪女子高生の姿がそこにはあった。














[ガールミーツガール]


「まずい。これはまずいよ」


 学校にある女子トイレの鏡に向き合っていたのは春乃。ぜいぜいと過呼吸を起こしていた。入学式が終わり、水島春乃は焦っているのだ。


 なぜなら彼女はすべからくコミュ障だった。それはもうどうしようもないほどに。


 人から話しかけられると、「あう」「あう」みたいに幼児退行化するし、話しかけたら話しかけたで「えっと……なんでもないのお」みたいにおじいちゃんになる。


 されど高校生になれば変われると、どこかで盲信していた春乃ちゃん。生まれてこの方友達がいたことがない16年のプロボッチは新生活が始まったからと言って変われない。


 真のコミュ障は伊達じゃないのだ。


 ――――ほんと、どうしよう。何で攻めよう。会話デッキ作っとくんだったあ。私のバカバカバカ。


 鏡の中にいる間抜けな顔をした桃髪の少女を恨みがましく睨みつけたときのこと。

 鏡に別の人が写った。


 それはセーラー服を着た金髪の少女だった。


 やばい。

 ジワリと汗が滲み出る。


――――――やばいよ、この人。絶対、関わっちゃダメな人だよね。


 直観的に、否、視覚的に水島春乃は判断した。


 その少女の顔立ちは可愛らしくお人形さんのようだが、そんなことはどうでもいい。問題はその可愛らしさを打ち消すほどの場違いヤンキー感である。腰まで伸びた長髪は素敵な金髪。制服の着こなしはだらしなく、ワイシャツがインされていない。赤いネクタイも中途半端にほどけていて、不格好だ。


 水島春乃は野生のヤンキーにおびえて、目を合わせないようにしたつもりだった。がしかし。


 偶然にも目を合わせてしまった。


 金髪ヤンキーは眼力を飛ばして


「なに、どうかした?」


 と真顔で聞いてくる。


 今一度確認するが水島春乃はコミュ障である。16年1人も友達がいたことがないプロボッチである。そんなプロボッチがヤンキーとコミュニケーションをとれるはずもなく。


「あう」


 春乃はそう一言。

 あえなく撃沈したのだった。












[お金ないです。ごめんなさい]


 春乃は心のうちで嘆く。


 やってしまった。変なことを言ってしまった。


 春乃は滲むような汗を額から拭きだして、。


「そ、その、いや、私」


 顔を青リンゴのように青くする。

 たどたどしく言葉を紡ごうとするが、うまく言葉が出てこない。


「どうしたん? 大丈夫? 汗やばめだけど」


 と眉をひそめる金髪ヤンキー。春乃の耳には何も入ってこない。きっと「金出せやおら」と恐喝されるんだ。そうに違いない。


 野生のヤンキーを前にした桃髪少女。

 幼げな瞳がウルウルと潤っている。一歩あとずさり。


 春乃は恐怖のあまり真実を告げることにした。


「ご、ごめんなさい。その、お金、ないです」


「いや失礼だな、あんた」


 とヤンキー少女は華麗に突っ込み。


 春乃も今頃気が付いた。初対面の相手に、それもヤンキーにとんでもないことを言ってしまったと。


「こ、殺される!!!!!」


「いや、ころさねーよ」








[かわいいに勝るものはない]


「で、まじでどうしたん?」


 女子トイレから出て廊下。

 人気のない廊下にあった木製のベンチに2人は座っていた。とりあえず、怖がらせて申し訳ない気持ちになった金髪ちゃんが話し合いをしたいと申し出たのだ。


「わ、私、そのコミュ障で、その」


 と、もごもごと口を動かす春乃。もじもじと頬を赤らめて、縮こまって恥じらっている春乃は、まるで今から告白しようと試みてる乙女のようであり、小動物のようでもある。


 ヤンキー少女はふと思ったことを口にする。


「え、君、めちゃ可愛いんだけど」


「か、かわ!?」


 脈絡もない、いきなりの褒め言葉に目を見開く桃髪ちゃん。

 自分に自信がない春乃である。意味が分からずに、お目目をグルグルと回す。


「と、突然、なにを言ってるんですかあ!」


「やっば。無茶かわ、ちょうかわだわ」


 金髪ヤンキーちゃんは感極まったような表情で春乃の頭をなでた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女子高生ボッチィーズ 猿侯爵 @saru_kousyaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ