第2話 小さな絶望
周りの人間はあまり信用しない方がいい……か。
あの吸血鬼、何が言いたかったんだ?
まるで周りに人間じゃない奴がいるみたいな言い方……。
仮に吸血鬼が紛れてるとしたら、何故食われていない。
その気になればこのコロニーにいる全員を誰一人逃す事なく殺せるだろ。
吸血鬼って言うのは考え難いか?そうなると、殺人鬼みたいなのがいるとか?
いや、そもそも疑心暗鬼にさせるのが目的って可能性もなくはない……。
考えるだけ無駄だな。情報が少な過ぎる。
「アキトはいつも何考えてるの?」
「……音もなくいつも現れるお前の撃退法」
「ふっふっふ、魔王からは逃げられないのさ」
「撃退法って言ってんだろ」
「もしかして乱暴する気?」
アキトはクロエの足元にゲートを出現させて空間の中に落とし、ゲートを閉じる。
無理矢理黙らせるならこれが最適。
そして、あんなのも避けられない奴が吸血鬼な訳がない。
やっぱり疑心暗鬼とか殺人鬼とかか。
どっちにしても今は考えなくて良いな。何かして来たら対応すれば良い。
「さてと、今日も今日とてのんびりさせてもらおうかね〜」
アキトがいつも通りダクト群の上で横になると、地下空間に爆発音が響く。
……早速平穏が死んだな。
アキトがダクト群から飛び降りて人が住んでる方に走り出す。
すると、すぐに悲鳴や爆発の音などが聞こえて来てアキトは物陰に隠れる。
アキトが目にしたのは吸血鬼が人々を襲う光景だった。
クソッ……来てみたは良いが何もできないぞ。
俺が死んだら空間は消滅する。
そうなったら空間の中にあるモノがどうなるか分からない。外に排出されるのか、一緒に消滅するのか。
どちらにしてもクロエが死ぬ。
バレない様に助けられるだけ助かるしか……。
「あれ?おかしいなぁ、何でこんな所に普通の人間がいるんだ?」
そう言った吸血鬼はアキトが隠れる物陰に向かって歩いて来る。
「面白いなぁ、忍び込んだか?まあ良い、食糧の足しにしてやる」
吸血鬼はアキトが隠れている物陰に向かって、能力で作り出した炎の球を飛ばす。
アキトはすぐにゲートを開いて中に入る。
「ん?消えた?瞬間移動系か。厄介だなぁ」
無理だっての……どうしろって言うんだよ。
「アキト?どうしたの?2人っきりになりたくなったの?」
「今はお前に構ってる場合じゃない」
「何さ!良いじゃんちょっとくらい構ってくれても!」
構ってやってる発言はどうしたんだよ。
アキトは100本の対吸血鬼武器を空間内で投げる。
「何してんの?」
「攻撃」
「誰も居ないよ?」
「はぁ……見たら分かるだろ。この空間に物理法則は通用しない。重力も、空気抵抗も、速力も、全て俺が自由に扱える。ただ、動いてないモノや生物を動かしたり操ったりは出来ないけどな」
「で?」
「……投げ加速させた対吸血鬼武器をゲートを開く事で攻撃にする」
「なるほどね〜」
コイツここまでバカだったのか?
投げた剣が回転せずに真っ直ぐ飛んでったり、空中で加速したり、落ちなかったりしてるんだから気付かないか?普通。
アキトはゲートを開く。
「ちょっと、置いてかないでよ〜」
「待ってろ」
アキトはそれだけ言って空間を出てゲートを閉じる。
さて、アイツらは視覚、聴覚、嗅覚が異常に高い。
だから隠れる事も難しいが、不意打ちを出来ない訳じゃない。
ゲートの中から一方的に攻撃出来れば良かったんだが、そうもいかないからな。
アキトはさっきの吸血鬼からかなり離れた場所の高台にゲートを開いており、そこからその吸血鬼を視認してから、吸血鬼の背中ギリギリにゲートを開いて先程投擲した対吸血鬼武器の剣を射出する。
その剣は吸血鬼の心臓を完璧に貫き、1人仕留める。
不意打ちなら殺せるな。
アイツら心臓以外を破壊してもすぐに再生するから的確に心臓を破壊しないといけない。
不意打ち以外でそんなこと出来るかって話でもあるが、とにかく1人倒した。
「やるねぇ、君」
しまっ……。
「はい、動いたらダメ」
「……」
背後から聞こえて来たその声は以前会った母親の吸血鬼だった。
吸血鬼はアキトの首に人差し指を当て、喋り始める。
「空間移動だけが取り柄の能力かと思ったけど、案外攻撃にも転用出来る能力だったわけだ」
「……」
「それで?これからどうする?頑張って逃げようとしてみる?」
「精一杯足掻いてみるか」
「そう」
アキトは吸血鬼の指先にゲートを出現させ、吸血鬼の指が入った瞬間に閉じて指を固定する。
「あら?そのゲート、出現位置に制限無いのね」
「ねぇよ」
嘘、視覚内にしかゲートは作れない。
ただし、座標を保存出来るから一度ゲートを開いた場所にはゲートを開ける。
後は俺自身の身体にもゲートを開ける。だから接触された状態からでもゲートを開いて攻撃を無効化出来る。
まあ、ゲートを開くのが間に合えばだが。
アキトは振り返ってその吸血鬼の四肢をゲートで固定する。
「初めて顔を……見た……な」
「あら?思ったより美人だった?」
「……お前身重」
「もしかして私達が眷属を作る感じでしか増えないと思ってたの?ちゃんと子供と産めるのよ?」
その吸血鬼は妊婦だった。
これどうするんだよ……どうするのが正解なんだよ……。
吸血鬼は妊婦だろうが殺せって言うのが正しいのか、吸血鬼だろうが妊婦は妊婦と考えるべきなのか……。
ってそう言えばコイツ。
「貴方やっぱり優しい子なのね」
「思考が読めるんだったな……」
「ここを襲撃してる連中と私は無関係よ?遠くで爆発が起きたから様子を見に来ただけ。そしたらたまたま君を見つけて、大ピンチになったのよ」
「……」
やりづらい……。
ってこんな事してる場合じゃないだろ。
「動くなよ」
アキトは腹部の目の前にゲートを開く。
「命の優先順位って事ね。まあ、様子見に来ただけだし何もしないわよ」
アキトはその高台から再度他の吸血鬼達を見下ろして不意打ちで攻撃する。
しかし周りが不意打ちで殺されたことで気付いた1人の吸血鬼が不意打ちを回避し、高台にいるアキトに気が付いて向かって来る。
ん?思ったより遅い?
もしかしてこの人がすごい強いだけで、このくらいが普通なのか?
「普通の人間風情が!」
そう叫んでアキトに腕を突き刺そうとしてくるが、その刺突をゲートを展開する事で無効化し、尚且つ入口と出口を隣接させる事で、刺突攻撃が入り口から入り、胸元に出現した出口から出た自分の刺突で心臓を破壊させる。
そしてゲートを強引に閉じる事で腕を切断する。
「激情と慢心、ムシケラだと侮ったな」
「この……」
その吸血鬼は倒れる。
「アンタ、凄く強かったんだな」
「吸血鬼にはグレードがあるのよ?人間にもあるみたいだけど」
「そうかよ……。なら、アレは最下級って訳だ」
「最下級より1つ上よ?私は上から2番目だけど」
「……用はもう済んだだろ。帰れよ」
「あら、見逃すのね」
「自分がこんなに甘いとは思わなかったよ」
アキトはその吸血鬼の拘束を解除する。
「やっぱり、優し過ぎるわね」
「そうだな。お前が子供の栄養のためとか言って襲って来る可能性があるって言うのに甘い考え方だなと思ってるよ」
「やっぱり良いわね、君」
「捕まえてオモチャにするってか」
「それも良いかも知れないわね」
アキトは大量にゲートを展開してその吸血鬼を狙う。
「冗談よ。今回も良い事教えてあげちゃう。最上級とその下のグレードの吸血鬼は能力二つ以上持ってるわよ。それじゃあがんばってね、少年」
その吸血鬼はそう言って瞬間移動して姿を消す。
「結局、2人で隠れてるのと同じ結果になったな……」
1人目を殺した段階でここの人間のほとんどが殺されていた。
初動の遅れがあまりにも大き過ぎた。
その時点で諦めれば色んなリスクを回避出来たモノを……。
なんか、よく分からん妊婦の吸血鬼に目をつけられたし、なんかチュートリアルでヒントをくれる妖精的な奴みたいな事して去っていったし、アイツ本当に何の為に来たんだよ。
「埋葬して回るか……。って遺体どこだよ」
アキトが広場などに行って遺体などを探すが、吸血鬼が死んだ後に残る灰しかなかった。
「……なるほど、アイツの言っていた事はこう言うことか。周りの人間って俺が人間だと思ってた奴らの事か……」
クロエは封印しよう、そうしよう。
この流れでアイツだけ人間でしたとか有り得ないしな……。
もういっそ太陽の下に放り出すか?吸血鬼かどうかはそれで判別出来るし。
何だかなぁ……騙された気分だ。助けようとした労力は何だったんだよ。
いやまぁ、よく考えれば分かった事か。意味わかんないもんな。太陽の下に出られない奴らから身を隠す為に太陽が届かない場所に行くなんて。
それでもまぁ、育ててもらった事は確かだし、埋葬して……どうやって埋葬するんだ?
アキトは灰になってしまった民衆の埋葬方法を考えたが、思いつかなかった。
襲って来た吸血鬼達と見分けがつかない上に、地下空間の地面は全てコンクリート、土の場所は畑くらいだった。
灰を畑にって肥料じゃねぇか。埋葬方法それで良いのか?
いや良くないだろ。そもそも襲撃者じゃない灰はどれなんだよ。
見分けつかないぞ。
その時、アキトは襲撃者によって開けられた大穴から風が入り、灰が微妙に散っている事に気が付いた。
「……無理だろ」
アキトはそう言葉を漏らして埋葬を諦めた。
これからどうすっかなぁ……。取り敢えず生き残りがいないか探して……。
食糧調達なんてこのご時世出来ないぞ。釣りでもするか?
人間を探して旅をしよう。
まだ絶滅した訳じゃない筈だしな。
アキトは家に戻り、荷物をまとめる。そして出来るだけ多くの食糧をゲートの中に放り込んで行く。
「あの〜家出?」
アキトが食糧をゲートに入れていると、クロエがゲートから顔を出す。
「……太陽光に晒すぞお前」
「あっ……バレちゃったんだね……」
「何がしたかったんだよお前ら」
「……怒らない?」
「場合によっちゃ、そのゲート閉じて首切り落とす」
「わぁ、激おこじゃん……」
どうやら初めは非常食にする為に育て始めたらしく、家畜にするつもりだったのだが、愛着が湧き、愛情が芽生え、食べられなくなってしまったようだ。
名状し難い人間の様なモノ 月ノ輪球磨 @TukinohaKUMA
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