名状し難い人間の様なモノ

月ノ輪球磨

第1話 好奇心は猫をも殺す

 人類は衰退した……と言うよりは今までいなかった天敵によって駆逐され、絶滅危惧種になったと言った方が正しいんだろうな。


 時を遡る事100年前。

 とある科学者が人類の進化を促す人工細胞の研究に成功した。

 これまであったような医療用のものではなく、人類の脳に作用し、新しい器官として接続される事で超能力を獲得すると言う極めてSFチックな進化形態を可能にした研究だった。

 研究の成功と共に人類にそれが投与し、人類はこれまでの人類には成し得なかったことを可能にする力を得た。

 更に、この細胞は遺伝すると言う性質を持っていた為、世代が進むごとに人類は加速度的に進化を続ける生命体になった。

 そんなある日、人類に当然、何の前触れもなく天敵が出現した。

 姿は人間と極めて似ていて、会話したりも可能なほどの知能の高さを有した人食いの生き物だった。

 その生命体のことを人類は吸血鬼と呼び、一時は駆逐作戦が決行されたものの、吸血鬼は人類が獲得した超能力に近い能力を有しており、尚且つ人間とは比べようもない程の身体能力を持っていた。

 しかし、人類は早期にその生命体の弱点が太陽の光だと言うことを発見し、その性質から吸血鬼と呼んで日光の下に引き摺り出すと言う作戦を立てたが、ものは見事に失敗した。

 吸血鬼の一部が太陽の光を遮る霧を展開出来る能力を持っていたのだ。

 その作戦の失敗で人類の戦力は劇的に失われ、絶滅までの時間を加速させた。

 今となっては人類の総人口は100万人とちょっと、絶滅の時は近い。


 しかしまぁ、人類は狡猾な生き物だ。勝てないと見るや否や逃げ出して小さなコロニーを使って隠れ住むようになった。

 地上を支配していたとは思えない程、今は惨めに地下暮らしだ。

 まあ、俺は産まれてからずっと地下暮らしだったから違和感はないし、不便とも思ってないけどな。

 爺さん世代が地上を知ってるくらいだ。


 そう考えている少年はヒノエ・アキト、8歳。

 アキトは今、地下のコロニー内にある換気用の大きなダクト群の上で寝転がって昼寝をしようとしていた。


「な〜に考え込んでんの?アキト」


 うるさいのが来たな……。


 寝転がっているアキトの顔を覗き込むようにして話しかけて来たのは、黒髪で青い瞳の少女、クロエ。

 アキトにとっては姉のような存在である。


「一度で良いから地上暮らしがしてみたいなって漠然と思ってただけだ」

「ダメだよ」


 クロエは真面目な声と面持ちでアキトに言う。


「分かってる。どうやったって奴らには勝てない。食われて死ぬその日まで、のんびり生きさせてもらうよ俺は」

「それは流石に自堕落すぎない?」

「どっちだよ」

「程良く地上を目指して行こう」

「そこまで本気で地上目指してねぇよ」


 アキトはそう言って起き上がり、ダクトから飛び降りる。


「で?何しに来たんだ」

「おばさんが呼んでるよ」

「はぁ……」


 アキトは面倒臭そうに頭を掻き、仕方ないと言わんばかりに気だるそうに歩いて行く。


 人類は何もただ地下に隠れ住んだわけじゃない。

 吸血鬼に勝てる可能性がある能力を持った子供を強く育て、後世に強い能力として残していき、いつか勝利する為に訓練をしている。

 正直前向きなのか後ろ向きなのけ分からない考え方だよな。


「アキトもう伸びないのにね」

「うるせぇよ。成長性低い能力で悪かったな」

「いやいや、最初から完成に近い能力ってことでしょ?」

「無駄にポジティブだな。物を出し入れするだけの能力に成長性なんかあるかよ。許容量もほぼ無限だから変わらないし」


 アキトは個人で四次元空間を持つと言う能力を持っており、視界内ならどこにでも空間の入り口を作れる。

 空間内の広さはほぼ無限、行き来可能、制限無しと中々便利なアイテムポーチ能力である。

 2人がコロニー内にある訓練場にやって来ると、アキトの母親が木刀を前について仁王立ちしていた。


「おばさん男らしいね」

「ふっ」

「褒められてねぇよ」

「今日も訓練するわよ」

「スルーかよ」

「さあ、構えなさい!」

「……」


 ホント話聞かない奴だな。


 アキトの母親は木刀を構え、アキトに向かって突進して行く。

 しかし、アキトの母は突然前のめりに転ぶ。


「訓練にならないのに一々呼び出すな面倒臭い」


 アキトの母が足元を確認すると、右足がアキトの空間の入り口に入っており、入り口が閉じる事で足が挟まっていた。


「ちょっと待ちなさい」

「待たない」

「本当に」

「知らない」


 アキトは母の真上に空間の入り口を開き、どこで拾ったのかとてつもなく巨大な招き猫を落として潰す。


「容赦無いね」

「メチャクチャタフなんだからこのくらい大丈夫だろ」

「おばさん身体強化系の能力だもんね」


 アキトが招き猫を自分の空間に戻すと、母親は地面にめり込んでいた。


「全く、毎回こうなんだからやめろよな」

「訓練は欠かしてはいけない」

「そうだよ」

「何でクロエまでそっち側なんだよ」

「万が一って事があるからね」


 アキトはため息を吐き、背を向けて歩いて行き、地面にゲートを開いてその中に飛び込んでゲートが閉じる。


「ああやって移動されると私ついて行けないんだけど」

「ホント好きよね」

「まあねぇ、小さい頃から見てるしねぇ。っとどこに行ったのかなぁ」


 クロエは歩いてアキトを探しに行く。




 はぁ、何というか、無意味な時間を過ごした気分だ。いや、無意味な時間だったか。

 気分転換をしようにも、コロニー内で出来る事なんてたかが知れてるしな。


 アキトは空間の中からゲートを開き、外を覗き込む。

 そこは太陽の光の下、地上だった。


 地上に出てみたいとは言ったが、出た事ないとは言ってないんだよな。

 そもそも、能力は所詮アイテムポーチだ。中に入れるものが無ければ意味がない。

 だから地上で面白そうなもの探して回収してるんだが、吸血鬼には未だ遭遇したことがない。

 日中に出てるから当たり前なんだが。


 アキトは地上に出て旧軍事基地にやって来る。


 リスクがあるから建物内には入れない。

 とは言え、人類が敗北した残骸がそこらに転がってる。

 吸血鬼は武器要らないから持っていかないんだよな。

 しっかし、なんか……乞食と言うか……。

 まあ良いか。


 アキトは落ちている銃や特殊な装甲を持つ盾や吸血鬼用の剣などを拾う。


 これで100本目、使用済みだから強度が心配、多くある事に越したことはないからね。

 多刀流ってか。


「だれ」


 アキトは後ろに跳躍し、ゲートを複数展開し、自分の足元にも展開する。

 アキトの視線の先には赤い目をした少女が建物の影から見ていた。


 あぁ、多分コイツ吸血鬼だな……。


「何してるの?」


 今日はついてないな。

 子供がいるって事は親もいるって事だろ?建物壊すか?

 日没までまだ4時間ある。逃げるなら今か。


「太陽大丈夫なの?」

「は?」


 コイツもしかして……人間を知らない?


 その小さな少女は太陽の下に手を伸ばし、指先が日陰から出た瞬間に指先がが焦げる。


「熱っ……」

「やめとけ、灰になるぞ」


 直射日光による紫外線の耐性が極めて低いみたいだからな。


「どうして貴方は大丈夫なの?」

「吸血鬼じゃないから?」

「吸血鬼?」


 マジか……。


「見た目は似てても種族が違うんだよ」

「そうなんだ。いいなぁ」

「夜間は外に出られるだろ」

「お昼にお外に出てみたいんだよ」


 ……どうせまともに動けないし、良いか。


 アキトはゲートから日傘を取り出し、その少女の方に投げ、少女はキャッチする。


「やるよ」

「これは?」

「日傘。太陽光を遮る傘だ」


 アキトはそれだけ言ってゲートを使って別の場所に移動する。


「日傘?」


 少女は日傘を使って日の下に出てみる。


「おお!焼けない!」

「何騒いでるの?」

「見てママ♪」

「日傘?どこでそんなもの見つけて来たの?」

「貰ったの♪」

「貰った……」





 はぁ……ビビったぁ……。

 無知な子供だから助かったものの、大人だったらヤバかった。

 吸血鬼用の武器が大量にあるとは言え、吸血鬼に敗れた武器でしかないからな。


 アキトが巨大な建物の上で太陽を見上げていると、突然赤い霧が太陽を覆い隠す。


 ヤバっ、大人の吸血鬼にバレたか。

 気まぐれなんて起こすもんじゃないな。


 アキトがゲートを開いて逃げようとした時、アキトの背後から声が聞こえて来る。


「へぇ、なるほどね。そうやってこの短時間でこれだけの距離を移動したのね」

「……」


 詰みか。

 しくじったなぁ。まさかこのレベルとは。


 アキトはゲートを使って一瞬で10km以上離れていたにも関わらず、捕捉され接近されるまでの時間があまりにも短過ぎた。


「君でしょ?日傘くれたの」

「……あの子の親か」

「そう。普通の人間があんな場所にいるなんておかしいなぁって思ったけど、そんな能力が有れば可能よね。別にとって食べようって訳じゃないんだからそんなに警戒しないで?」


 お前ら人を食う生き物だろ。


「確かにねぇ」


 思考を読めるのかよ……。


「私だけよ?読心の能力があるから」

「はぁ……食うつもりじゃないなら、なんの用だ」

「あら、開き直ったわね」

「どうせ逃げられないからな」

「そうね……ん?貴方……いや、何でもないわ。こうして太陽を遮れば私達も日中に動き回れるとは言え、太陽の下を歩ける訳じゃない。そんな訳で、あの子がとっても喜んでたからお礼にね」


 その吸血鬼の母親はニコっと微笑む。


「それで、そのお礼なんだけど、周りの”人間”はあまり信用しない方が良いわよ」

「……ご忠告どうも」

「それじゃあね。いつまでも霧出してたらあの子が拗ねちゃうし」


 その吸血鬼の母親は一瞬で姿が消え、霧が晴れる。


「……はぁぁぁぁ」


 死ぬかと思った。

 情けは人の為ならずか。

 なんかもう疲れた……帰ろう。


 アキトはゲートを開いて地下世界に帰る。


 ホント、命懸けの趣味ってヤベェな。


「もうしばらくやらねぇ」

「何が?」

「……どっから出て来たよ」

「私がいる場所に出てきたのはアキトだよ?」


 そうかぁ?俺が気付かなかっただけか?

 いやまぁ、ここは薄暗いしダクトだらけだしな。


「なんかお疲れ?」

「今日はもうお前に構ってる体力ねぇわ」

「何その言い方!私が構ってあげてるんです!」

「はいはい……」


 マジで疲れてるんだっての……。

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