第21話

門の鍵穴に鍵を差し込もうとして、ふと怖くなった。門は、汚れ・傷・欠け何もない。ただそこに、美しさを不変のものとして厳かに存在している。俺は、神がかった存在に触れた気がして、内臓に寒気を感じた。俺は、無神論者だ。神という存在を意識したことはここ最近にもあるが、基本信じていない。信じていない上に、困った時の神頼みしかしないのだから、加護もくそもないだろう。だが、この神殿の扉は、違う。信仰と加護を受け続けて来ただろうと思わせる何かがあった。

鍵穴に鍵を差し込むと、扉は見た目の重厚さを感じさせぬ滑らかさで両開きに開いていった。開いた傍から差し込む光が内部を照らした。

「綺麗…プルトさん、凄いねぇ…」

ぽかんと口を開けたまま、ぐるりと辺りを見渡すシーフィーの瞳は、少女らしく輝いていた。そうだなと軽く返して、手を引いて地下への階段の位置と神殿内部の各部屋の位置と状況を観察する。

どこもかしこも、埃は溜まっていたが手直しが必要な破損は無かった。流石に、木で作られた家具類はダメになっていたが、元の石造りの建物自体には何の不備もなかった。とりあえず、そこかしこの窓という窓を開け放ち、空気の入れ替えをしながらの確認作業になった。

シーフィーに地図作成のしかたや書き方を教えながらの作業で、神殿部分の確認だけで半日潰した。おかげで、シーフィーは地図作成以外にも目を向けられるようになり、掃除に必要な物を別の紙に書き出していた。改めて、シーフィーの知識欲と、シーフィーに勉強を教えたグリッドさんの有能さを思い知った。シーフィーは読み書き、簡単な四則演算まで出来た。グリッドさんは速記と速読もできるらしく、シーフィーも習うのだと息巻いていた。俺は、読むのも書くのも苦手だ、さっぱりシーフィーの興奮についていけなかった。しかし、王都でも滅多に見ない速記速読の使い手がなんでこんな辺鄙なところで雑貨屋を営んでいるのか…人生は色々なのだろう…

シーフィーと2人、今日の作業を終了して宿に戻ると、マリエラさんのキッシュを堪能して布団に潜り込む。久々の冒険者としての活動で、思いのほか楽しんでいる自分が居た。シーフィーが一緒にいるからなのかもしれないが、その成長を喜んでいる自分もいる。明日は、朝アトモスさんに現状の報告をして、掃除用具を調達、それから神殿部分の掃除を開始する。シーフィー、明日はちゃんと起きてくれよ…


何とかシーフィーを起こして、アトモスさんの所に行く前にしっかり朝食を食べさせた。ここ最近、俺も多少は朝食を食べるようにしている。食べれても果物類だが、マリエラさんは色々な果物を日替わりで一口大に切って出してくれる。そのせいか、朝食を食べると体調がいいことに気付いた。今までの生活も、過去に戻って改善したいほどだ。シーフィーがマリエラさんに元気に「いってきます」をして、アトモスさんのいる組合まで歩き出した。冒険者二日目もシーフィーは元気で、俺は後ろから微笑ましくそれを見ていた。

「アートモースさーん!」

シーフィーの声に、エリンさんとアトモスさんが奥からおいでと声を掛けた。2人で

元応接間の現食堂に入る。二人の笑顔とお茶のいい香りが、俺とシーフィーを迎えてくれた。俺は、朝にふさわしい爽やかな香りのお茶を頂きながら昨日の詳細を報告した。アトモスさんは、時折頷きながら、時に微笑んで話を聞いていた。最後に今日の動きを報告して、掃除道具を入手しに雑貨屋に向かう。

雑貨屋では、シーフィーが必要な道具を説明して無事に入手できた。女同士だからなのか、シーフィーのあぁしたいこぅしたいにグリッドさんは的確に情報を与えてくれたようで、あれもこれも持たされて中々の荷物になった。俺たちは一度宿に戻り、昼食用の食事の用意を頼んで受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る