第20話

俺の顔に浮かんだ新たな疑問にサラッと答えて冒険者証を手際よく用意すると、アトモスさんはシーフィーに「首から下げて失くすなよ」と手渡した。シーフィーは、しげしげと色々な方向にかざして微笑んだ。その様子を大人三人に微笑ましく見つめられて少し拗ねた様子で首から下げて、ドスンと椅子に座り直した。俺はそれを見て、また吹き出しそうになって堪えるのに必死だった。

「そんじゃ、依頼の話をしようか。依頼は簡単、遺跡の掃除だ。お前さんの肩慣らしとシーフィーの戦闘体験に使わせてやるから、先ず綺麗にしてきてくれ。あそこの管理も俺の仕事なんだが、手が回ってないからな」

冒険者の基本は、簡単な手伝い程度の仕事から始まる。掃除なら、冒険者になりたてのシーフィーでも受けられて、昇級のための実績にもなる。昇級は組合長が実績を確認して承認しないと受けられないから、いくつか依頼をこなさせて2つほど級位を上げてくれるつもりなんだろう。迷宮探索がてらの剣と俺の肩慣らしも考えてくれる辺りアトモスさんはいい人だ。俺は、頷いて依頼を受ける旨を示した。

「よし。では、神殿迷宮の鍵を渡す。なくすなよ?俺が怒られる。迷宮は地下三階まである。最奥の宝玉の間までが範囲だ。何日かけてくれても構わないぞ。お前らが使うための掃除だからな。ついでに地図作製もしてくるといい。道具は仕方ねぇから、シーフィーの祝いにくれてやるよ。シーフィー、やり方や技術は、こいつを見て勉強しろよ」

シーフィーは、真剣な眼差しで羊皮紙と筆記具一式を受け取ると俺を見て頷いた。任せろと翡翠色の瞳が語っていて、俺は昔見た新人冒険者達を思い出した。やる気と期待に満ちた血気盛んな若者のうちの何人もが、魔物や魔獣に殺されていった。俺は、シーフィーを死なせないと、その翡翠色の瞳に誓った。

とりあえずの状況把握のために、一度神殿迷宮まで足を運ぶことになり、2人で歩く道すがらに冒険者としてしなければならない事、してはならない事、した方が良いことなどの常識的なことを教えていく。新人教育など、昇級のための研修でしかしたことがなかった。その後は、一度も新人と依頼を共にしたことすらない。研修の時の学科授業を、必死に思い出しながらシーフィーに伝えた。

シーフィーはすこぶる優秀で、若さからか吸収は良く、疑問はすぐに質問し解決、実際にできることはすぐに実践と、こんな新人ばかりなら冒険者の無謀による死亡率はがくんと下がるだろうと思えた。俺も無茶をしたことがないとは言わないが、若さからくる無謀は時として自殺行為だ。まぁ、人に言えた義理ではないから、口にはしたこともないが…シーフィーにも、いつか先達の教訓として話はしておこうと思う。

「神殿迷宮到着だね。随分前から放置されてたみたい。アトモスのおっちゃん、ズボラすぎ…言ってくれたらちょこちょこやりに来たのに…気になってたんだよね」

シーフィーはぶちぶちと愚痴りながら迷宮の外周を確認し始めた。箒で掃くのと水魔法での洗浄を使うと決めたらしい。入り口まで戻ると、大きな門の右手に魔石を填め込む台座があった。

アトモスさん曰く、魔石の質によって出現する魔物の強さと持続時間が変わるらしい。シーフィーの育ての親である緋猿候は魔力量・希少性・有用性から特級となるだろう。そこら辺の魔蒼鹿なら大きさにもよるが下級から中級が関の山だ。台座に填めるなら、上級以上の魔石が必要だろう。

台座はほとんど傷も欠けもなく、蔦も巻き付いていなかった。シーフィーは、事も無げに水魔法で洗浄し、風魔法で乾燥していた。これで、一か所終了だ。

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