第18話
「試し切りは、できますか」
俺は、まだ突っ伏したままのアトモスさんに剣を持ったまま問いかけた。半分寝ていただろうと思う顔で、首だけ動かして納屋と中庭を目で示す。俺は、無言で頷いて納屋に丸太を取りに向かった。
中庭に丸太を設置して、距離を取る。踏み込んで素振りを数回、踏み切りと剣の長さを確認してから、地面を踏みしめた。俺の剣はまるで空を切ったかのように手ごたえ無く丸太を通り過ぎ振り切られた。俺は、切ったことは目と経験で分かっているのに切った余韻が手に残らず、切ったのか切ってないのかで頭が混乱していた。
「お見事」
小さく後ろから聞こえる声に振り返ると、アトモスさんが扉を背もたれにして手を叩いていた。俺は、もう一度丸太を振り返り、ゆっくりとずれ落ちていく袈裟切りにされた丸太の上部を目撃した。
「手ごたえが…ありませんでした。パンを切るよりも、軽く切れた気がします。切る瞬間は、剣の重みすら感じなかった…危険な剣です」
俺は、まだまだ拙いはずの俺の剣技でここまで切れる剣を恐ろしいと思った。
「そりゃいい感想だ。そして、俺は言ったぞ?お前がシーフィーと生きるための剣を作ると。ただ只管に殺すための剣より、お前の抑止力になりえる剣を作ったつもりだ。お前の力量、想い、責任、希望、憧れ、俺が感じた全てで鍛えたんだ。常に考えろよ?生きる事を、シーフィーの未来を、お前の目標を。ま、大事にしてくれや」
最後の言葉だけ、わざとらしい程に軽く言って室内に戻っていった。
残されて俺は、手に残る剣を見つめて立ち尽くしていた。この剣は、文句無しに名剣だ。生殺与奪の権利を、俺がこの手に握っていると感じる。俺は、常に考えなくてはいけない。この剣を振るう時は、誰かを何かを殺すのだと。そして、それはすぐにシーフィーに良くも悪くも影響を与えるだろう。今までの様に、俺の存在がシーフィーを殺してしまうかもしれない。離れた方が、良いのかもしれない。でも、この剣はシーフィーと生きるために打たれた剣だ。俺は、シーフィーと生きるためにこの剣を振るい、シーフィーを守り生きなければいけない。覚悟を決めなければ…
俺は、剣を鞘に戻して室内に向かって歩き出した。
「ありがとうございました。とても、良い剣を頂きました。代金を支払わせてください」
俺の言葉に、アトモスさんはすっと金額を書いた紙を机に滑らせた。その金額は、俺がシーフィーと分けて自分の物になった金額とほぼ同額だった。何故この人が俺の懐事情まで知っているのか…恐ろしい…
シーフィーは、素材の換金後にこれからは、自分の分・俺の分・二人の活動資金を3:3:4で分けようと提案していた。俺に特に異存はなく、俺の分だと言われた金額とシーフィーに受け取ってもらえなかった魔石分を自分の財布に入れていた。その殆どをアトモスさんに支払い、ほぼ空になった財布を戻して話しかけようとした。
「アトモ…なんでしょうか?」
話をする前に、アトモスさんに手で制された。
「お前に仕事をやる。財布も軽くなったことだろうし、とりあえずシーフィーを連れて組合に来い。話はそれからだ」
そう言うと、アトモスさんは俺を追い出して、扉を閉めてしまった。俺は、消化不良の言葉を飲み込んだまま、シーフィーの待つ宿への道を真新しい剣を腰に佩いてテクテクと歩いた。馴染みのある、腰に剣がある重みに少しずつ体が冒険者に戻っていく気がする。シーフィーとこれからの話がしたい。旅暮らしでもいいか、冒険者稼業でもいいか、俺と一緒に生きていってくれるのか。
俺はそれを願っていいのか、共に生きると決めたはずなのに今まで感じたことのない恐怖を感じている。俺は知らず知らず、早足になっていた。
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