第16話

「待たせたなぁ。なんだお前、葬式みたいな顔しやがって。大丈夫だっつったろうが、アホが」

アトモスさんは戻って来るなり、そう言って笑いながら俺の肩を拳で軽く小突いた。沈んだ気持ちが、きれいに血の拭われた額を見て浮上する。よかった。

「お前なぁ…大の大人が泣きそうな顔で沈んでんじゃねぇよ。虫の鳴き声みたいな小いせぇ声出しやがって。冒険者に怪我なんて日常茶飯事だろうが?お前も小さい傷だらけじゃねぇか。」

肩に拳を開いて手を乗せたまま言う彼に、俺の「よかった」のつぶやきが聞こえたようで、なんだか呆れられたようだ。

彼は呆れ顔のまま椅子に座ると、俺について感じたことだと前置きをして話し出した。

「先ずアレだな、お前、俺にビビりすぎ。しかも、鈍ってやがる。どんだけ、怠けた?冒険者証を見せろ、俺権限で記録はまだ見れるんだ。あと、左足は癖か?直せよ」

ポンポンと出てくる指摘にぐうの音も出ずに、首から下げていた冒険者証を渡した。受け取ってすぐに立ち上がり、腰に下げた袋から手のひらに載るほどの台座に置かれた水晶の立方体を引っ張り出した。それは、組合で使われる冒険者証の記録媒体を読み取る仕掛けの「キューブ」と言われる物だ。本来ならば、組合の中で使用し、権限のあるものか扱えない。冒険者証は基本的にただの証明書の板の形で通称名と階級しか書かれていないが、記録媒体になる特殊な鉱石を粉にして裏面に塗布されている。そこに、本人の個人的な記録や討伐の詳細をキューブで書き込み、読み取りをする。その仕組みを、いつ誰がどうやって確立したかは、よくわかっていない。

「プルファトフェル・アルベルト・フェール。36歳。鬼人族。本拠地マラベランノ。階級小金。討伐未達成無し。討伐最高階級、中金「金翼獅子」単独討伐。…なかなかじゃねぇか。なんで、くすぶってんだ」

俺は、本名を久々に呼ばれて変な気分のまま、英雄に読み上げられた自分の記録を聞いていた。アトモスさんの問い掛けに、何故か素直に自分のすべてを曝け出していた。今まで誰にも言わなかった、俺の過去の話。夢のせいなのかもしれない…

アトモスさんは、何も言わずただ聞いていただけだった。それでも、止めどなく溢れる声は、最後は俺の悲鳴だったのかもしれない。

「そうか…なら、あの子と生きろ。死ぬまで生き抜け。そのための剣を、お前に打ってやる」

ただそれだけ言うと、小さな刃物と小瓶を取り出して俺の血を入れろと言った。俺は、全部吐き出した後の放心状態で、何も考えられずにただその声に従った。

アトモスさんは、その小瓶を持って炉の前に座すと大きな箱の中から出した真っ白な鉱石と俺に血を半分小鍋に入れて炉にくべた。

「しばらくかかる。シーフィーを迎えに行って、3日後に来い」

その言葉の後は、待っても何も言わず只管に炉にくべた小鍋を見つめていた。俺は、言われた通りに雑貨屋にシーフィーを迎えに武器屋を出た。

武器屋から空の店を三つ通り過ぎた向いに雑貨屋があった。通りに中で開いている店は少なく、人通りも少ない。静かな中にシーフィーの笑い声が聞こえて、居場所はすぐにわかった。

「遅かったねぇ!お皿、選んじゃったよ?あとね、枕と毛布でしょ、大きい野営具。それから、グリッドばぁちゃんが、荷馬車、今度来る商人さんに手配してもらえるか聞いてくれるって!馬、確保しなきゃね!」

一息に喋り通してから大きく息を吸い込んで、シーフィーは笑った。俺は、その笑顔に頭を撫でて返し、3日後に来いと言われたと伝える。シーフィーは、商人さんも3日後だから丁度いいねと、返してまた笑う。2人で買った荷物を持って宿屋に戻り、3日分の料金を支払った。

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