第15話

凡そ一足飛びに接近できる距離にいたが、一撃の気配を感じて更に距離を取った。俺の足が着地した瞬間には、アトモスさんが距離を縮めに来ていた。俺は、振りかぶられた大剣が打ち下ろされるのを体を捻って躱す。アトモスさんは、地面に剣先が着く瞬間に力技で軌道を変えて俺に追い打ちをかけてくる。どんな力をしているのか、疑問でしかない。そのまま、大剣を振りぬいて体を回転させて、軸を戻し軽く跳ねる様に万全の態勢で俺を狙う。俺は、回転しているうちに踏ん張って体勢を戻し長剣を横にして交差するように大剣を受け止めた。

上からの大剣を下から受けとめる。尋常ではない重さを感じて、そこらの農夫なら圧死していても不思議じゃないと思えた。それほどの、重い一撃と殺気の圧だった。俺は、吹き出す汗を無視して踏ん張り続けた。なんとか、手が滑る前に剣を回転させて勢いを逸らして、距離を取った。

「来ないのか?逃げるだけでは、すぐに死ぬぞ?」

アトモスさんは、ニヤリと笑って俺に言う。老いた英雄にすら勝てないようでは、剣を打ってやらないと言われているような気がして、長剣の柄を握り締めた。

中段に剣を構えて蹴り足に力を込めて一気に距離を詰めた。俺の剣技は我流だ。誰に教えられたわけでもない、喧嘩と実践で磨かれたものだ。下からの切り上げを後ろに飛んでよけるアトモスさんに、着地したばかりの足でもう一度地面を蹴って長剣を打ち下ろす。アトモスさんの肩を掠めて宙を切った長剣を手の中で刃を捻って横に凪ぐと、大剣で防がれた。俺が連続で繰り出した後の隙をついて、アトモスさんの蹴りが俺の腹を抉った。後ろに吹っ飛ばされて、踏ん張る。

「ありかよ」

俺の声は、アトモスさんのにやけた笑いを誘ったようで、なんでもありだろう?と、大剣を肩に担いで挑発をしてきた。70歳を数えるほどの老体に挑発されて、俺は完全に頭に血を登らせていた。

俺の視界は赤く染まって、普段の体から一回り筋肉を大きくする。反動がでかくて滅多にしないが、鬼の特性である身体能力を2割ほど増す力を使った。傍目には、筋肉が張り裂けそうに膨れ上がった赤目の鬼に見あるだろう。よく見るオーガの小さい版だ。鬼と呼ばれる俺たちの祖先は、オーガだと言われている。長い年月をかけて魔石は体内から消えてしまったが、名残の角がその力を残している。

俺の身体強化を掛けた上段の打ち下ろしを、アトモスさんは大剣で受け止める。ピシッと音を立てて大剣が折れて、俺の剣先が後ろに飛びのいたアトモスさんの額を引っかけた。

アトモスさんの血を見て、俺は一気に何かが冷たくなるのを感じて、すぐに剣を放り投げて額を抑えるアトモスさんに駆け寄った。

「すいません!俺、熱くなり過ぎました。怪我を見せてください」

俺の焦り方がおかしかったのか、アトモスさんは笑い出した。

「大丈夫だ、ちゃんと避けてる。頭は、血が多く出てるように見えるだけだ。しかし、いい太刀筋だった。戻るぞ」

そう言って俺を押しのける様に立ちあがると、ズンズンと店内に戻っていく。俺は来たときと同じく、彼を追いかけて歩いた。俺は内心、ビクビクしている。老体に怪我をさせてしまった。エリンさんにも、心配をかけてしまう。優し気で上品で可愛らしい彼女の悲しい顔を思い浮かべて、申し訳なさで泣きたくなってきた。

「とりあえず、血を洗ってくるから、そこで座って待ってろ」

そう言われて、素直に椅子に座って待つことにした。はっきり言って、そんなに浅い傷には見えなかった。回復薬でもあれば、すぐに傷は塞がるが、持っているだろうか?不安と申し訳なさで、消えてなくなりたいと思ってしまう。

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