第12話

俺は、名乗るのも忘れて聞いていた。

「すいません、俺はプルトと呼んでください。」

足が限界だったこともあって、失礼と知りながら断りを入れて床に胡坐をかいて頭を下げた。エリンさんは、楽にしてくれたらいいと笑って許してくれた。

「それで、あの、なぜ、稀代の英雄がここに?」

う~んと小首を傾げて考える様子は、この老婦人を可愛らしく見せていた。

「まぁ、色々あったのよ?ズバッと飛ばしてしまうけど、許してね。彼は多分、最後のユトレ様の信者なのよ。だから、国王にお願いしてここで余生を過ごしているの。もう神殿も組合も無くなってしまったけど、我儘を通したのよ」

だいぶ短い説明だが、まぁ何となくは分かった。創世の十二神の一柱「ユトレ」は、夜と死の女神で、双子神「アザカ」は朝と命の女神だ。二神は共に聖白月下をユトレが左手に、アザカが右手に持った姿で描かれている。成人の儀で選ばれる人気の差は歴然で、アザカの方が圧倒的に多く、ユトレは滅多に信者が出来ない不遇の女神であると聞く。人族と獣人族は成人の儀で神を選ぶが、俺の様な鬼はどの神も選ばないし、ドワーフやエルフといった精霊に近い種族は独自の信仰がある。俺は、何故稀代の英雄が不遇の女神を選んだのか少し興味が出た。まぁ、不躾に聞くような事でもないし、いつか話が聞けたら面白いなと言うくらいだが。

「エリンさ~ん。終わったよー!」

シーフィーの元気な声が聞こえて、俺はエリンさんと共に3人でアトモスさんの待つ裏手に回った。

「来たな。かなりいい具合だ、シーフィーは全部買取でいいと言ったが、お前さんはそれでいいのか?」

アトモスさんは俺に、物を見て決めろと言ってエリンさんと共に仕分け作業を始めた。シーフィーは、俺の隣で見上げてくる。

「ダメだった?欲しいものあった?」

全部買取と言ってはダメだったのかと少しバツが悪そうに小声で聞いてくるシーフィーの頭を撫でた。

「アトモスさん、全部買取で構わない。金に換えて欲しい。あと、この街に武器屋があれば教えて欲しい」

俺の言葉にアトモスさんは振り返って、上から下まで品定めをしてくる。冒険者ならいつものことだ、別に構わない。だが、何かただの品定めではないような気がして俺はアトモスさんをじっと見つめていた。

「あんまりじっと見つめるな。俺に惚れてんのかと思われるぜ?」

カカカと笑って、品定めを終えたアトモスさんは武器屋の場所と宿の場所を教えてくれた。

直ぐにエリンさんに手招きされて、いつの間にか用意されていた金を渡される。

「さっきも言ったけど、ここは正規の組合じゃないの。だから、手数料とかは気にしないでね。私の査定で判断してるから、足りなくても恨みっこなしよ?」

俺の見立てより少しばかり多い金額を渡して、エリンさんは笑った。

換金とキッシュのお礼を言って宿に向かう俺たちに、アトモスさんがまた明日と声を掛けてくれた。俺は、首だけ振り返って頭を下げると、うつらうつらし始めたシーフィーを抱き上げて宿に向かった。

街に一軒しか営業していない宿は、こちらも老夫婦が営んでいてすぐに部屋に通してくれた。二階の部屋はきれいに掃除されていて、真新しい布が寝具に被されていた。俺はそっとシーフィーを寝かして一階に降りると、何か食べられる物があれば夜中に起きるかもしれないシーフィーに食べさせたいと伝えた。女将さんが白パンに野菜と薄切り肉を挟んだサンドイッチに、果実水を用意してくれて持って上がる。シーフィーが寝ているのを確認して、やっとホッと息を吐いた俺はすぐに眠りに落ちていった。

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