第11話
牛獣人に言われるまま、荷台から荷物を下ろして指定の場所に積み上げる。牛獣人は老いを感じさせぬ動きで荷物を仕分けしていく。熟練された体に刻み込まれた動きは、無駄がなく美しい。
「ったく…風呂入る前で良かったぜ。猪も魔蒼鹿も上物じゃねぇか。今日中に処理しなきゃなんねぇ。お前さん、シーフィー呼んで来い。手伝えってな」
牛獣人の老人の言葉に、否を言わせるような緩さは無い。俺は、大股で組合の中で査定待ちをしているはずのシーフィーを探した。
「シーフィー、牛の爺さんが手伝えと呼んでいる」
俺を見つけて座っていた椅子からピョンっと降りていたシーフィーは、わかったぁ!と言う音の余韻を残して駆けて行った。その後ろ姿を見送った俺に、シーフィーとお茶を飲んでいた猫獣人の老婦人が声を掛けてきた。
「あなた、こっちで座らない?まぁ、少しは窮屈だと思うのだけど」
俺は、言葉に従ってシーフィーの座っていた椅子に腰かける。小さい…尻が半分椅子からはみ出している。そして、ボロい…壊れそうだ。絶対に、俺の体重を支え切れない。しょうがなく、気付かれぬ程度の位置で空気椅子をする羽目になった。老婦人のご厚意からの言葉だし気を遣わせぬように、腹筋と大臀筋に必死に働けと力を込めた。はっきり言って、しばらく怠けていた俺の体はすぐに悲鳴を上げ始める。その上、満足できるほどの食事も休養も取ってない。もって一刻、多分それ以下だ。俺は内心で、どう切り上げるかを考えていた。
「どうぞ。粗末なものだけど、召し上がって?ここには老人しかいないから、シーフィーちゃんが来るのが楽しみなのよ。だから、そろそろ来るなぁと思うと、たくさん作ってしまうの」
そう言って、ご婦人は香りのよいお茶とひき肉と葉野菜のキッシュを2切れ出してくれた。キッシュは、俺の好きな料理の一つだ。香りが俺の鼻から胃へ、暴力的なまでに早く食えと催促してくる。俺は、ありがたく頂いた。
久々に美味いと思えるキッシュを食った満足感で、俺の腹は目を覚ましたかのように次を要求する。腹の音に夫人は、コロコロと笑い出した。上品で愛らしく鈴を転がすように笑う彼女は、若い頃はさぞやモテただろうと思う。
「どうぞ。たくさんあるのよ。いい食べっぷりで嬉しいわ。夫はもう、そんなにたくさんは食べてくれないから」
多分、夫とは牛の爺さんだろうと思うが、食欲が減った老体であの動きとは恐れ入る。どこぞの熟練の冒険者だ、と言われても納得するしかない。
「あら、ごめんなさいね。お名前すら聞いてなかったわね。私は、エリン。裏で作業している牛人のアトモスが私の夫よ。あれでも、昔は名の売れた冒険者で中央の組合の凄腕だったのよ?」
エリンさんの言葉に、おかわりのキッシュが俺の喉で渋滞を起こした。ゴホゴホと咳き込む俺に、コロコロと笑いながら温くした何杯目かのお茶を淹れてくれた。
「まだ、あの人の名前を知っている人がいるのねぇ。嬉しいわ。だから、ゆっくり食べてちょうだいね?」
白金紅玉の冒険者「アトモス」と言えば、俺が小さい頃には王国一の名を冠した万人の憧れそのものだった人だ。国王の側近にと望まれて断り冒険者を引退、せめて中央に残れと言われて組合の頂点に置かれ、いくつもの改革を成して低かった冒険者の意識と地位を底上げし、獣人に対する国民の意識まで変えてしまった男の名前だ。国王から永久の友情の証にと、他に類を見ない精巧な造りで美しい白金の地に紅玉の勲章を贈られたと言う逸話を聞いたことがある。物だけでも王都の貴族屋敷が軽く3軒買えるほどだとか…国王の全幅の信頼に値段がつけられないとか…
「なんで、そんな人が?」
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