第10話

日が暮れる前に、森は俺たちを吐き出した。

古い神殿迷宮を横目に通り過ぎて、しばらく歩けば小さな街にたどり着いた。

俺は知らず、ホ~っと息を吐いていた。いくら腕に自信があると言えども幼い子供を連れて魔物の跋扈する森を突っ切るのは心労があるに決まっている。台車を牽く俺の隣を鼻歌交じりに歩くシーフィーは、俺の心労など一切わかっていないだろうが…

「見えてきたね!あー、疲れた。今日は、寝坊しちゃったから何とか今日中に着けて良かった…野営と小さな宿、どっちがいい?私は、宿!」

それは俺に選択権は、あるのか?と疑いたくなるほどに、清々しい笑顔で小走りになる少女の後ろ姿に、俺は呆れ顔をして追いかける羽目になった。


暗くなり始めた道を、赤茶けた屋根の古い街並みに向かって台車を牽く。

神殿迷宮を扇の要にして南に広がっている街は、きっとかつては美しかったのだろうと思う。今はくすんで薄汚れているが、白く輝く神殿迷宮と朱色の屋根の対比は、見事なものだったのではないかと思う。

神殿に使える騎士を育成するための人口迷宮は、その活動を止めてゆっくりと朽ちていくように静かに佇んでいた。そして、その恩恵の無くなったこの街もまた、ゆっくりと時代の波に飲まれて消えていくのだろう。死ぬために生きていた数日前までの俺を見ている様で、何故か胸が締め付けられた。

穏やかに静かにゆっくりと少しずつ死んでいく街と、そこに満面の笑みで力強く駆けていく生命の塊のような少女、俺はその対比に柄にもなく湧いてきた感傷的な気分に自嘲的な笑みを浮かべて街までの道を歩いた。

本格的に走り出していたシーフィーを追いかけてしばらくすると、街の入り口になる大通りの端に辿り着いた。街の目貫通りと言うのに、人通りは1人2人しか無く、ひと目で寂しい街だという印象を持つ。こういう街は、冒険者には面倒な依頼がありそうだとか、困ってる人がいるはずだとかで入るかどうか意見が別れるところだ。俺1人なら、きっと入らなかったな。

「ここが、神殿迷宮で名を馳せたエルドモルの街の成れの果て集落だよ。あ、因みに今のは街の人達が言ってるんだからね?私が名付けたんじゃないよ?みんな、おじいちゃんかおばぁちゃんだけど、すごく優しいの。保存食の作り方とか、釣りの餌の善し悪しとか、色々教えてくれるの」

ニコニコとまるで大好きな祖父母の話をするかのように、話してくれる。きっと、随分良くしてもらっているのだろう。だが、だったらなぜ、街で暮らさないのか…もう、育ての親だった緋猿侯も居ないのに。

「そうか。いい人たちの様だ。それで?今日の宿のあてはあるのか?」

シーフィーの頭を撫でながら問うと、もちろん!っと元気な返事で歩き出した。

特に門番も居らず、無防備だと思うが元が神殿騎士を育成するための街なのだし何らかの魔物除けくらいは機能しているのだろう。ズンズンと進んでいくシーフィーを見失う様な路地も多くはなく、見通しは良い。守りやすく作り、住民の意識も高かったはずだ。何らかの機能が街にあるとしても、特段の疑問は無い。だからこそ、細々とでも街が存続していたのだろう。

俺は、シーフィーが立ち止まった場所まで、せっせと荷台を牽いて歩いた。

「ここは?」

明らかに、宿ではない。シーフィーの家と変わらぬボロさを醸し出している建物は、看板を見る限りは冒険者組合だった。だが、余りにもボロい…中からシーフィーに手招きされても、今にも崩れそうで入るのを躊躇してしまった。

「裏に台車回して欲しいってぇ!プルトさん、お願いねぇ!」

躊躇う俺に、中から救いの言葉が掛けられて、これ幸いとそのまま裏手に回った。

裏には、体の大きな牛獣人の老人が、革の前掛けをして腕組姿で待っていた。

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