第9話

満月に近い月の柔らかな白い明りが、一面に降りそそぐ中、光を反射した輝く泉の周りに真っ白な大輪の花が群生している。

まるで羽毛を敷き詰めた様に見えるその花は、純潔と信仰の意味を持つ「聖白月下」の花だった。

その名にふさわしい状況で咲き、持つ意味にふさわしい佇まいで、俺まで何かに祈りたくなるような、神聖な景色を作り出していた。

「綺麗でしょ?毒草だけど薬の材料で、乙女の花って言われてるんだって。結婚式や成人の儀に飾られたりするらしいよ。見たことある?」

俺は、花たちを見つめたまま無言で小さく頷いて答えた。

何かに心を捕らえられたかのように、目が離せなかった。何故か姿絵で一度見ただけの母さんを思い出した。うっすらと覚えている絵の中では、確か白い花の花束を抱き抱えていたはずだ。

「…大丈夫?」

シーフィーの言葉に、「何が?」と思ってシーフィーの方を向いたら、水滴が俺の服を濡らしていた。まさかと思って、目の辺りを触れればほんのりと温かい涙が指に触れる。

「泣いていた…?」

「プルトさんは随分静かに泣くんだねぇ。泣き方、忘れちゃったの?そんなに長い間、我慢してきたんだね」

シーフィーは、そう言うと俺の手を取って手を繋ぐとぎゅっと握ってきた。その温かさと力強さに何かを許された気がして、涙がまた頬を伝って落ちていった。


シーフィーの手は、俺の涙が止まってからしばらくして離れた。

ニコッと笑って、真っ白空間に飛び込んでいく後ろ姿は、神話に語られる有翼人の様だと、20年以上ぶりに泣き疲れてボーっとした頭で考えていた。

そんな俺を余所目にシーフィーは、ズンズン泉に近づいていく。泉に近いところの状態の良い株を丸ごと採取するのだと、仮眠前から張り切っていた。

しばらく棒立ちになって花に囲まれたシーフィーを見ていた俺に、大輪の白い花がついた株を丸ごと両手いっぱいに抱えたシーフィーが寄ってくる。

「そろそろ、働かない?大きく咲いてる花を、こんな風に球根ごと根っこも綺麗に掘り返してね。あんまり小さいのや、最盛期を過ぎたのは色がくすんでるから取らないで真っ白な大きいのだけね。土は付いたままの方が高く売れるから、払い落とさないで」

シーフィーはテキパキと持ってきた花を荷台に置きながら、指示を出してくる。俺は、わかったと頷いて二人で夜中に泥だらけの土塗れになった。

結構な時間を費やして、聖白月下を採取した。

果てさて、台車の3割程を埋め尽くす白い花がいくらになるのやら…出来れば新しい台車か、上手く行けば馬付きの荷馬車を入手したい所だな。荷馬車なら、シーフィーが手綱を握ることも出来るだろうし、幼いうちならあの古い家が倒壊してしまっても幌を付ければ寝る場所の確保もできるだろう。


翌朝、俺は早朝とは言い難い時間まで起きないシーフィーを揺さぶり起こして支度をさせた。育ち盛りならいくら寝ても眠たいだろうが、起きて歩いてくれないと俺が台車を牽いて行けない。寝ぼけまなこのシーフィーを、何とか歩かせて泉を後にした。夜中に起きて朝起きれないなんて、ここら辺は普通に子供だなと思う。妙に達観しているくせに、お子様な所もある…不思議な子だ。


森の中は相変わらず鬱蒼としていたが、危険な魔物の気配は、しない。有難いことだと思って、覚醒したシーフィーと共に足を早めた。森の中を歩きなれているシーフィーは、俺の歩幅にも遅れること無く着いて来る。むしろ、歩きやすい道まで指示してくれる始末だ。シーフィー曰く、この分なら日暮れには森を抜けられると言っていたし、後は売り物が高く売れることを願うばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る