第8話

森は鬱蒼としていて、仄かに朝靄がかかっていた。

俺は、夜明けを迎えて間もない凛とした空気の森の中で獲物を探した。流石に岩場に居る魔羊や岩牛は狙えないが、魔蒼鹿や森覇熊ならそこそこ近くに居るはずだ。

鹿類と熊類は縄張りが重なるとこもある、時間はあまりないが慎重に探すことにした。

魔蒼鹿のフンを見つけて姿を確認するころには、朝もだいぶ過ぎて陽が高く昇っていくところだった。

獲物は、俺の気配に気付かずにのんびりと柔らかそうな草を食んでいる。流石に、伊達に冒険者を20年以上経験してはいない。万全ではないと言え、たかだか俺の身長ほどしか体高の無い鹿には負けない。

ギリギリまで近づいて、シーフィーに借りた包丁で一気に喉を切り裂いた。

俺の剣も装備も、金に換えて貧民街の子供たちにばら撒いたことをほんのりと後悔はしたが、後の祭りだと腹を括っての狩りだった。

思わぬ誤算は、シーフィーの包丁が切れすぎたことだ。うっかりスパッと切りすぎて頭が飛んで行ってしまった。角も高く売れるのに勿体ないと、急いで転がる鹿の頭を追いかける。

頭を角で枝に引っかけて、四肢を纏めて蔦でできた紐で括り、首の切り口がなるべく下を向く様に太い木の枝にぶら下げて血抜きだけは完了しておく。

掘り下げていた血だまりを土で覆い隠したら、昼も間近で俺は急いでシーフィーの家に戻った。


「戻った。ずっと外にいたのか?解体は、していくのか?」

玄関前で駆け寄ってくるシーフィーに、どことなくほっこりとした気持ちになりながらも、自分はそんなことをしてもらえる存在ではないだろうという気持ちが鎌首をもたげる。

「おかえり!大きな魔蒼鹿だねぇ…いい値段になりそう!解体しちゃうよ。あっちに置いて」

シーフィーは、俺の周りをぐるっと一回りして鹿を見ると嬉しそうに笑っていた。指示された所まで鹿を運ぶと、包丁を返して解体を見学しがてら休憩することにした。

相変わらずシーフィーの魔法さばきは素晴らしく、包丁もするすると滑る様に皮を剥いでいった。

鼻歌を歌いながら、水風火の魔法を巧みに操り、皮と肉と臓器・骨を処理すると小躍りしながらこちらに駆けてくる。

「プルトさん、はい。魔石。綺麗だねぇ!大きいねぇ!良い値段で売れるよ」

俺の手のひらに、ポンッと魔石を置いて嬉しそうに笑った。

俺は、これもシーフィーの物だと言ったが頑として受け取ってもらえなかった。

最終的には「生きると決めたなら、先ず剣を買って来い」と、腰に手を当ててふんぞり返った命令口調のシーフィーに、思わず吹き出してしまって膝をポカポカと叩かれながら頷いた。

こんなにも優柔不断に生きるも死ぬも決められない俺の面倒を、これからも見てくれると言ってくれている様に思えて少し気持ちが軽くなった気がした。


鹿以外にも道すがらで取ってきた果物とシーフィーのスープで簡単に昼食を済ませてから、売り物の大荷物を荷台に積み上げて出発した。

家の裏にしまわれていた台車は、シーフィーが引いていくには大きすぎてずっと使われてなかった様で、だいぶガタが来ていた。俺とシーフィーで、何とか西の街まではもってくれと祈りながらの移動になった。

泉に着くまで魔物は出てこなかったが、森赤猪が兎を追いかけていたのを見つけて漁夫の利を得た。夜に近い時間になってしまったが、兎をさっと処理して焼けば立派な夕飯になった。猪は処理だけして、明日の食事と売り物に分けた。さらに重くなった荷台に不安はあるが、仕方ない。

泉のほとりに寝床を作って仮眠を取ると、夜中過ぎにシーフィーが起きだした。

手を引かれて泉へ向かうと、そこには月明かりの下、絶景が待っていた。

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