第5話
「着いたよ」
俺の手を離すとシーフィーは、走って行って玄関を開けてくれた。
小さな物置小屋程度の、蔦の絡まる建物だった。
俺が入ったらぎゅうぎゅうになりそうで、少し躊躇してしまう。
小さなシーフィーには丁度いい大きさかも知れないが、俺には明らかに小さいと思う。
軒に頭をぶつけない様に少しかがんで、玄関をくぐった。
中に入ると、俺が横たわった状態で足と頭が壁に付くほどしかない奥行きの中に寝台と食卓、小さな棚が一つあるだけだった。
玄関から一番奥の壁に張り付くように置かれた寝台は、まるで鳥の巣のように枝を複雑に重ねて作られた上に大きな薄い布が掛けてあって、子供用と思われる毛布が一枚畳まれていた。
すぐ手前にある一人用の食卓と一脚しかない椅子は、四角い板に何とか四本の足をくっつけたような不格好さでガタついていた。
寝台の横、部屋の端に置かれた手作り感が満載の棚には、欠けた茶器と木で作られた皿などの食器が一人前、衣料品と思われる褪せた色の布が少々、黒パンやはちみつ漬けなどの保存食が入っている籠が一つ。
玄関付近にぶら下がった、芋や葉物の野菜が少し。それが、家の中にある物の全てだった。
シーフィーは恥ずかし気に「狭いでしょ?」と笑っていたが、きっと一人で使い勝手のいいように頑張って工夫したのだろうなと思って、頭を撫でた。
翡翠色の瞳を大きくして驚いたように固まったのも束の間で、小型の動物が懐く様に嬉しそうに撫でられてくれた。細い腕を一生懸命に伸ばして俺の右足に抱き着くと、力を込めて抱きしめてくる。
この子はどれだけの時間を一人きりで過ごしたのだろう?切なくなって、俺の手のひらに収まるほど小さな頭を、そっと撫でた。
「お夕飯にしよう!大したものは出来ないけど、私お料理するの好きだよ」
しばし撫でられた後に、シーフィーはパタパタと外に出て行った。
照れているのか、俺の顔を見上げることもせずに出て行ってしまった。俺は、何故自分が少し笑っているのか分からずに躊躇ってから外に出た。
シーフィーは、外に置かれたお手製と思われる大きな平たい石の台の上で、野菜と燻製肉を、その手には大きく見える小型のナイフで切り、小さな鍋に水魔法で水を出して入れていった。
「魔法が使えるのか?」
驚いて問いかけると、シーフィーは振り返って小首を傾げた。
「使えるよ?ずっと前から水と火と風と大地と光の魔法は、使えるよ?生活魔法?だっけ?教えて貰ったもん」
俺は更に驚いて、力が抜けた。この世界で魔法が使える人間は多いが、小さいうちから使える人間は少ない。大体が発現は10歳程度、安定は12歳程度と言われている。しかも、複数属性持ちなど居ても2か3属性が関の山だ。俺だって、身体強化するくらいしかできない上に、魔力量の問題で数刻の維持が限界だ。
脱力の中、眺めているとシーフィーは危なげなく複数の属性を使いこなしていた。末恐ろしい子だ…
誰に教えて貰ったのか、適性と魔力量の測定はどうしたのか、疑問は多いが俺の鼻と腹が質問よりも熱量の摂取だと騒ぎだした。
「あはは…プルトさんのお腹は、プルトさんより正直に生きたいって言ってるね」
そう言って笑うと、出来立ての野菜と燻製肉のスープに保存の効く硬い黒パン、はちみつ漬けの木の実を小さな皿によそってくれた。
「お皿が一枚ずつしかないの。だから、交代で食べよう?先に食べていいよ。お腹うるさいくらいだし、気になっちゃうから」
俺は素直に頷いて、スープ用の深皿に差し込まれた木匙を持ち上げて一口、二口、そのまま皿に口を付けて飲み干した。
多分、体調が万全な状態なら薄味で水と変わらないと思ったかもしれない。だが今は、燻製肉の薄い塩味と野菜の仄かな甘みが口にも腹にも優しく広がっていく。
はちみつ漬けの木の実は、黒パンのパサパサ感を減らしてくれて食べやすくなった。
シーフィーは、ニコニコとスープを皿に継ぎ足してひたすらに食事を貪る俺を眺めていた。
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