第3話

俺は、樫の木の根元でシーフィーの後ろ姿を見送ったまま目を閉じた。

何日かぶりの少量の水と炒った椎の実2粒では、俺を立って動き回らせるほどの熱量には、足りなさ過ぎる。

目を閉じると、頭の後ろと背中に樫の木の命を感じる。

何人も生きて帰れぬ死の森と言われている場所なのに、案外と色々な音や匂いがする。

虫の声、かすかな獣の匂い、草木の葉がこすれる音、遠くの鳥の羽ばたき、花の香り、走る子供の足音。ん?子供の足音?


「プルトさん?まだ生きてる?」

目を開けると、二度目ましての翡翠色の瞳が俺を見上げていた。

…シーフィー?何故戻ってきたのか分からずに、言葉が出てこなかった。

「まだ生きてたね。このままここに居るなら、ちょっと教えて?」

「何を教えたらいいんだ?」

「木の皮の効率的な剥ぎ取り方と、魔石の活用方法」

何のためにそんなことが知りたいのか…俺は戸惑いながらも知っているいくつかの事を教えた。

「切り出したばかりなら、鉈で削るようにしたらいい。硬いなら、水に漬けておけばいい。水分を含んでいる方が剥ぎ取りやすい。魔石は、魔道具に嵌め込むか押し当てて魔道具で魔法を発動するときに使う。手に持っていても使えるが、内包魔力の無駄使いが多くなるな。ただ持っているくらいなら、売った方が腹を満たすための金になる。これでいいのか?」

「ん~やっぱりそうなんだね。皮を剥ぐのは重労働だから、いい手が無いかと思ったんだけど…まぁ、魔石は売る一択かな…ありがとう」

シーフィーは、独り言のようにそれだけ言うと、またどこかに駆けだして行った。

俺はまた目を閉じて、森の音の中に沈んでいった。

シーフィーは、木を切っているのか…なんのために?売るのか?使うのか?重労働だろうに…あんな小さな体では、運べないだろうに…

それに、魔石を持っているということは、倒した?いや、まさかな。死んでいたのを見つけたとか、落ちていたとかだろう…多分…きっとそうに決まっている…よな?

シーフィーのせいで、さっきほど穏やかには音と匂いの中に沈みこんでいけなくなった。少しだけ恨みがましく思いながらも、何となく放っておけないとも思う。

生きているうちに、また声が聞けるだろうか?あの翡翠色のキラキラとした瞳は、本当に綺麗だった。


「プ~ル~ト~さ~ん!生きてるっ?」

また随分と能天気な声色で声を掛けてきたのもだな…

「まだ生きている…」

「良かった良かった。ん?死にたい人からしたら、良くはないよね。ごめん」

目を開けた俺に、シーフィーは謝罪の念など一切感じられない口調で無邪気に笑う。

「それで?どうしたんだ?」

「あ、クルミを取ってきたからお裾分けでもと思ったんだけど、死にたい人にあげていいのかイマイチわからなくてさ。いる?いっぱいあるけど」

純粋な親切心からシーフィーが言っているのが分かって、笑ってしまう。

「クルミより水をくれないか?喉が痛いんだ」

俺の言葉に、シーフィーはいいよ!と元気に水嚢を取り出す。

震える手で受け取って、口まで運ぶと温い水が喉に優しく流れ込んでいった。

「すまない。飲み干してしまった…」

俺の体は、俺の意に反して一口の潤いよりも生命維持に必要な水分を摂取しようと動いたようだ。

生きていたいと思えることなど、ここ最近は考えることも無くなったのに、俺の体は生きていたいのだろうか?

「構わないよ。また入れに行くし、近いし。まだ飲むなら行ってくるけど、どうする?」

頼むと一言だけを言うと、聞き入れたシーフィーは笑って頷いた後で駆けだして行った。

あの子は、良く笑う子だ。元気だし、いつも駆け回っているのだろう。足も速いし、この森の中でも体幹が安定している。案外、頭の回転も速そうだ。色々と教えれば、いい冒険者になるだろう。成長を見守りたくなる子だな。

後ろ姿を見ながら、また余計なことを考えている自分に驚いた。すべてを失って尚、死にたくないのか?と、笑ってしまう。

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