第2話
少女は、何が面白かったのか笑い転げていた状態から回復すると、一息ついてからあっちへ行けと大きな樫の木の根元を指さした。
「大きいな…」
「そりゃ、道しるべの木だからね。根っこの所なら、倒れずに背中をもたれられるでしょ?」
どっしりとした大きな樫の木の根元には、根っこが丁度良く開いていて俺が座るにも申し分ないだけの空間があった。
這う様に四つん這いで根元まで行くと、生まれたての小鹿の様に木に手をついて向きを変える。樫の木にもたれて滑るように座ると、少女は俺の前に立った。
俺の座高よりも、少女の身長は低い。
俺を見上げて、にっこりと笑うと少女は手のひらを上にして右手を差し出した。
「……なんだ?」
少女は、先ほどと似たような盛大な溜息をつく。
「あのさぁ、水をあげて、あまつさえ頭を支えて飲ましてあげたんだよ?お礼は?言葉だけなんて要らないよ?お金か食べ物、装備品や宝石、どれでもいいからなんかちょーだい?」
幼い少女のカツアゲ行為に、俺は思わず噴き出した。
笑い出してすぐに、咽てしまった。
ゲホゲホと空っぽの胃から何かを絞り出すように痛みの伴う咳をして、折角少し潤った喉が痛む。呼吸を戻すまでに、しばらくかかった。
俺は、呼吸を整えて、目の前で右手を差し出している少女を見つめた。
「お前の名前は?歳はいくつだ。なんでこの死の森にいる?」
俺の問いに、少女は両手を腰に当てて憤慨を隠さずに上から目線で反論する。
「おじさん、先ずは、お礼の言葉。それから、自分の名前。それに、「お前」じゃなくて「あなた」か「きみ」だよ!色々間違いすぎだよ?大丈夫?おじさん」
自分のことは完全に棚に上げている言い草にも関わらず、まぁ正論かな?と、うっかり思ってしまった俺は、改めて礼を言って名を名乗った。
「悪かった。ありがとう。俺は、プルファトフェル。大体の連中は、プルトと呼ぶ。お前…じゃない、あなたのお名前は?」
頭を下げて礼をしてから、恭しく問うと、少女は渋々感を隠さずにでも答えてくれた。
「私は、シルミアフィリア。街では、シーフィーって呼ばれてる。7歳だよ。この森に住んでるの。親はいないよ?孤児だから」
シーフィーは、早口で答えると、俺の隣に腰掛けた。腰に下げていた袋から小さな木の実を取り出して俺に放って寄越した。受け取って、確認すると椎の実だった。
俺の困惑を他所にカリカリと食べ始めるシーフィーを見て、俺も有難く食べることにした。
困惑の中、ボソッと礼を言って食べ出すと、シーフィーは子供らしい笑顔でニカッと笑った。
「おじさん…プルトさんも、ここに死にに来たの?」
シーフィーは、俺の方を見ずに小さな声で問いかけてきた。その顔には、何の感情もなく虚無を感じさせた。7歳の子供がする表情では、ない。
「そうだな…まぁ、そんな感じだな…シーフィーは孤児だと言っていたが、一人で大丈夫なのか?魔物だっているだろう?」
なんで危険な死の森に幼い少女が一人で住んでいるのか、自分の死に場所探しよりも気になっている。
「ここには、みんな死にに来るね。今年は、プルトさんで4人目だよ。おすすめは、もう少し向こうにある沢の手前の大きな木の枝で首つりだよ。何人も死ねてるからね…もう慣れたよ」
この子は何回もきっと人の死を見てきたのだろうなと、可哀想に思った。
自己満足だとしても何かしてあげられたらと思ったが、何も持っていないと気づいた。俺は、全てを捨てて死にに来たのだから、ここには何も持って来なかった。
あるのは、着ているものと、頭の中にある不要な思い出とため込んだ知識だけだ。
「シーフィー、俺は何も持ってないんだ。知識でいいなら教えられることもあるかもしれないが、腹はすぐには膨れない。ごめんな」
シーフィーは、立ち上がって俺を振り返ると「いいよ」と小さく笑って手を振ってどこかに駆けて行った。
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