死にたがりのおっさんが生きたがりの少女と出会って始まる物語
あんとんぱんこ
第1話
俺は、生まれた瞬間から誰かを殺して生きてきた。
最初に母親、次に友達、その後は自分、それから父親と叔母。
それからは、ひたすらに魔物を殺して生きてきた。
そろそろ、自分をもう一度殺す時が来たみたいだ……
「おじさーん!!生きてるー?死んでるなら、死んでるって言ってくれないかなぁ?」
子供の声がする…無邪気な、明るい、子供の声だ…
「聞いてるー?おーい!鬼のおじさーん!!」
…………なんなんだ……
「………死んでいる」
「あっそー。じゃあ、邪魔だからあっちで死んでくれない?そこ、通りたいんだよね」
無邪気に案外えげつない事をさらっと言ってくる子供だ…末恐ろしい…
「…動けないんだが?」
「じゃ、生き返って動いてくんないかな?本当に邪魔なんだけど?」
閉じていた目を開けると、逆さまに俺をのぞき込む屈託のない笑顔の少女が居た。
クリっとした瞳は翡翠色にキラキラと輝いているが、随分痩せている。
長く伸びた髪はボサボサで、雑にひとまとめにされたひと房が俺の目に入らんばかりに垂れ下がっていた。
簡素な粗い麻のズボンに、ボロボロでクタクタになっているリネンのシャツ、荒削りな形の皮の薄っぺらい靴。
裕福でないことは、ひと目でわかる。
「起きたんなら、ついでに起き上がってよ。あっちにどいて?今からクルミを取りに行くんだから、邪魔しないで?」
辛辣に言い放つ声は、まだ幼く少し甲高い。
「だから、起き上がる力がもう無いんだ。悪いが、引きずって動かしてくれ」
「無理に決まってるじゃん!おじさんみたいな大きな鬼の大人を、私みたいな小さな子供が動かせると思う?」
そりゃそうだ…俺は鬼族。人族より、1.5倍ほど大きい。人族の年端も行かない子供が動かせるはずもないか…
「では、誰か大人に動かしてくれるように言ってくれ」
何日も飲まず食わずで倒れた俺に、張り付いた喉がそろそろ喉が限界だぞと痛みで訴えてくる。
「あのさぁ…大人なんか居ないよ?ここがどこだか知ってる?死の森だよ?」
そうだった…俺は死に場所を求めて、ここまで来たんだ。
死の森を目指して、死の森で死ぬために、死の森に来たんだった。
ん?死の森に子供?なぜ?
突然の痛みを伴う咳で息が吸えずに苦しいと言うのに、俺は自分の体よりもこの少女の正体が気になってしまった。
俺の疑問が言葉になる前に、目の前の少女が言い放つ。
「素直に死んでてくれたら、こんなめんどくさいことも言われなかったんだよ?死んでたら腕なり足なり切り落として、すごく大変だけど動かせたし、装備品だって剥ぎ取って売れたし、冒険者証があってくれたら情報料が貰えるしさ…」
唇をつんと尖らせて拗ねた素振りはすこぶる可愛らしいのに、言っている内容が鬼だ。鬼は俺のはずなのに…
「情報料?誰に貰うんだ?死の森で・・・」
俺は、思っていた言葉でなく新たに入ってきた情報の疑問を口にしていた。
「街の組合に決まってるじゃん。おじさん、そんなことも知らないで良くその年まで生きてこれたね?見た目は冒険者だよね?ほんとに冒険者?」
本気で疑問を抱いていると、素直に顔に出して小首を傾げている。
「組合は分かる。情報の買取も知っている。だが、どこn…」
途中で乾燥した喉が限界を迎えて、声が掠れて音にならなかった。乾いた咳が、カラカラに乾いた喉を傷めつける。息が吸えない…
少女は大きなため息をこれ見よがしかと思うほどに盛大に吐き出して、水の入っているであろう水嚢を俺の口にそっと当ててくれた。
少しずつ口の中に流れて口腔を潤す水は、さながら命の水薬かと思うほどに俺の喉と気力を回復させた。
少女は、俺が水を飲む間、俺の頭を支えながら顔をじっと見て観察していた。
「何かついているのか?」
口が潤った分、さっきよりは多少滑らかに声が出た。
「目と口と鼻と耳と角」
当たり前だと突っ込みたくなるような答えを吐き出して、少女は屈託のない笑顔でケラケラと笑っていた。
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