第11話 家庭菜園
市場にきてみると、さまざまな野菜が売られていた。
日本でもみたことのあるような定番の野菜もあって安心する。
だけどせっかくだから、異世界ならではの野菜を育ててみたいなぁ。
できればすぐに育って量もとれるものがいい。
「そういう野菜を探しているんだが、なにかないか?」
俺は八百屋のおやじにそう聞いてみる。
「そうだなぁ……まあ定番の家庭菜園といえばこれだな」
「これは……?」
「こいつはサラダッダといって、初心者におすすめの野菜だ」
「でもどんな味かも知らないしなぁ……うーん……」
見た目はキャベツやレタスの亜種という感じだが、いかんせん味の想像がつかない。
まあこっちの食材はどれもうまいものばかりだから、食べられないことはないだろうが……。
「おう、そういうことならおまけにサラダッダを5つつけるぜ?」
「マジか……!?」
「まあ、そのかわりまたうちで野菜買ってくれよな!」
「ああ! もちろんだ! ありがとう!」
俺は八百屋からサラダッダ5つと、その種。それから育て方を書いた紙を100Gで買い取った。
こっちの人は本当に優しい。
まるで損得で動いていないというか、日本人以上のサービス精神だ。
そんな人たちに囲まれているおかげで、俺も少しずつ優しい気持ちになれてきた。
◇
家に帰った俺は、さっそくサラダッダを庭に植えてみることにした。
順調に育てば大体、半年ほどで食べられるようになるそうだ。
野菜の育つスピードは、土壌に含まれる魔力の量や質にも関係するらしい。
「これであとは待つだけだな……」
幸いなことに、綺麗な水も井戸から簡単に確保できる。
この家はまさに家庭菜園にぴったりのものだった。
裏庭はけっこうなスペースがあり、まだまだ植えられそうだ。
どうやら井戸は孤児院と共用だが、庭の空き地のほとんどはうちの敷地らしい。
孤児院にも菜園スペースがあればいいのにな……。
「そうだ……! 野菜ができたら孤児院にもおすそわけしよう……!」
ジャスミンさんのようすを見ていると、とてもじゃないが孤児院に余裕があるようには思えなかった。
少しでも野菜が手に入れば、きっと助けになるだろう。
決してジャスミンさんに下心があるわけでは……ない。
◇
それから一週間ほどしてだ。
「おいおい……マジかよ……!? どういうことなんだ……!?」
俺の植えたサラダッダがこの短期間でおどろくべき成長を遂げていたのだ。
八百屋の話では半年はかかると言っていたのに……。
それほどうちの土壌がよかったのだろうか?
もしくは、井戸の水に含まれる魔力とか……?
「まあなんでもいいや。これはすげえ……!」
さっそく、一つとって食べてみることにする。
サラダッダは、その名の通り、これ一つでサラダとして食べられる野菜だそうだ。
自炊なんかしなくてもいいように、俺はこれを選んだ。
井戸の水でさっと洗って、丸かじりする。
――シャク。
「うまい……!」
一口噛んだだけで、甘みがじゅわっとあふれ出る!
まるでリンゴやナシのような甘みだった。
みずみずしくて、いくらでも食べられそうだ。
野菜というよりかは、果物に近いような感じかな?
とにかくこれだけでサラダにできるというのは、よくわかる。
料理も味付けも必要としないサラダッダは、まさに俺のための野菜だった。
「異世界の野菜すげえ!」
こんなものが安く手に入るんだから、この世界の人は食事に困らないんじゃないかとすら思う。
だがサラダッダはあくまで安い野菜のうちの一つにしかすぎず、他にももっとうまい野菜があるらしい。
こっちの食べ物は本当にどれもうまい。
「ようし、これがあればかなり食費が浮くな!」
いつまでもレベッカに甘えてばかりもいられない。
これからは朝ごはんくらいはサラダッダですまそう。
もしかしたら、これを持ち込めばレベッカならもっとうまく調理してくれるかもしれない。
「孤児院にもいくつかおすそ分けするか」
俺はさっそくできた野菜をもってジャスミンさんのもとを訪ねた。
「ジャスミンさん、お久しぶりです」
「ショウキチさん……! こんにちは。どうされたんですか……?」
「これ、うちで育てた野菜です。よかったらどうぞ」
「ええ……!? これってサラダッダじゃないですか! いいんですか!?」
「全然いいですよ。土壌がいいみたいですぐに収穫できるので」
「そうなんですか!? 助かります。ありがとうございます」
ジャスミンさんはすごく喜んでくれた。
孤児院は常に予算が不足していて、もらえるものはなんでもうれしいそうだ。
これからも定期的に野菜を届けよう。
そうすれば、ジャスミンさんともお話ができて俺もうれしいしな。
「孤児院でも野菜を育てたいところだったんですが……あいにくうちは土地もなくって……」
「大丈夫ですよ。これからは俺が作って届けます」
「そんな、ショウキチさん。どこまで優しいんですか……!」
「いや、俺の家の庭も孤児院の庭と同じようなものですよ。柵で区切られているかどうかの違いしかありません」
「ショウキチさん……本当に、ありがとうございます!」
こうして俺はサラダッダのおかげで、安定した食事とジャスミンさんに会う口実ができた。
孤児院の子供たちも大変よろこんでくれたみたいだ。
サラダッダはめずらしい野菜ではないが、やはり孤児院の予算では買える数も限られてくるそうだ。
異世界に来てこっちの人に助けてもらってばかりだったが、ようやく俺もなにかいいことをできたような気がして、心が満たされた。
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