河口先輩のメモには謎しかない
河口先輩のメモには謎しかない
僕は授業が終わると、スクールバッグに教科書を乱雑に詰め込んで旧校舎に向かった。旧校舎の二階にある教室からは、笑い声が漏れている。ここが僕の目的地である『お絵描き部』だ。
「お疲れ様です!」
「
僕が扉を開けると、気がついた
「俺の勝ち!」
「また
教室の奥では西先輩が友人たちとゲームをしていた。賑わう教室の中で、僕と本栖先輩の間にだけ同じ時間が流れている。僕はその束の間の時間を密かに楽しんだ。
「あの……」
扉が静かに開かれて、神経質そうな少年が顔を覗かせる。
「お絵描き部の探偵さんはいらっしゃいますか?」
「
人見知りの本栖先輩が『河口くん』に親しい者にしか見せない笑顔を向けている。僕は驚きながら、二人の様子を遠巻きに見つめることしかできなかった。
【トリあえず、18時に鶇屋で待ってる🍡】
河口く……河口先輩が持ち込んだのは短いメモだった。僕にはなぜこのメモに探偵が必要なのか、さっぱり理解できない。本当は本栖先輩が『探偵』だと知っていて、二人で話すための口実にしたのではないだろうか?
僕はジロジロ見るわけにもいかないので、本に視線を戻す。それでも、耳だけはどうしても二人の声を拾っていた。
「――……きっと、どこかの東屋に来いって言っているんだと思うんだ。この辺りだと東屋がある公園は3ヶ所あるだろう? どこのことか分からなくてさ」
「へ?」
間の抜けた声が出て、僕は慌てて口を押さえた。本栖先輩が困った顔で僕を見ている。河口先輩も僕の声に気づいたようだ。
「君も一緒に考えてくれないか? 『トリ』だけがカタカナだから、『とりあえず』ではなく『鳥会えず』だと解釈したんだ。『鳥に会えない』ということは『鳥がいない』わけだから、『鳥』を文から取り除くと『
河口先輩は真剣な表情で紙にスラスラと書いている。彼は本気で『謎』に挑んでいるのだろうか? 僕にはそっちの方が謎だと思う。
「えっと……」
僕としては、河口先輩に答えを伝えて帰ってもらいたい。でも、もし本栖先輩が河口先輩との会話を楽しんでいるのだとしたら……
僕は先輩の特別な時間を邪魔して良いのだろうか?
先輩の困り顔を見ていると、なんと答えるのが正解なのか分からない。
「あのメモは女の子の字だと思うよ」
西先輩が僕の耳元で呟いてニヤリと笑う。先程まで笑い声の中心にいたはずなのに、いつからいたのだろう?
疑問はあるが、客観的な西先輩の助言はありがたい。河口先輩が女の子からの呼び出しに向き合っているのなら、余計な配慮はいらないだろう。
「僕は北町にある和菓子の
これは近所の高校に通う姉からの情報なので間違いない。
「『今日は私の人生最大の謎に挑もうと思っているの』って言ってたんだ。ただの書き間違いなんて事があると思う?」
「……それって、最近流行りの映画の台詞ですよね? 主人公の探偵の好物がお団子だったはずです」
団子の買い食いが流行っているのも、この映画がきっかけだ。
「流行には疎いんだ。知らなかったよ」
河口先輩が恥ずかしそうに頭をかく。僕が鶇屋の場所を教えると、河口先輩はお礼を言って教室を出ていった。
【今日は私の人生最大の謎に挑もうと思っているんだ】
何となく言えなかったが、映画では事件解決後に主人公がヒロインに言う台詞だ。『人生最大の謎』というのは、幼馴染のヒロインが主人公をどう思っているかということで……
「上手くいくかしら?」
「やっぱり、本栖ちゃんも絡んでいるんだね」
西先輩が笑い混じりに言う。本栖先輩は何だか気まずそうだ。
僕が首を傾げると、本栖先輩が説明してくれる。河口先輩を呼び出したのは、彼の幼馴染らしい。
「河口くんが無視できないような呼び出し方を考えてほしいって言われたの。まさか、ここに来るとは思わなかったわ」
河口先輩は謎を謎のままにしたくないタイプだ。面倒に思っても答え合わせをするために鶇屋にやってくる。呼び出した女性の性格もよく知っているはずなので、深読みはすぐに切り捨てると詠んでいたようだ。
「『河口くんには大雑把だと思われているから大丈夫』って、彼女も言っていたのよ」
本栖先輩は河口先輩にどのように話すか悩んでいたようだ。あまりにスラスラと答えにたどり着くと、メモに関わっていたことに気づかれてしまう。先輩が困っていた理由が分かって、僕はホッとした。
「そういえば、僕の答えは合っていたのでしょうか?」
「ええ。彼女は鶇屋で待ってるわ」
本栖先輩の頬が赤く染まっている。呼び出した理由は映画と同じなのだろう。
『今日は僕の人生最大の謎に挑もうと思っているんです』
僕がこんなふうに言って呼び出したら、本栖先輩は来てくれるだろうか? 僕はそんな勇気もないのに、ぼんやりと考えてしまった。
終
本栖先輩はそんなに優しくない 五色ひわ @goshikihiwa
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