本栖先輩は言い訳なんてしていない

「違うんです!」


 僕はベンチから立ち上がって叫んだ。思ったより大きな声が出て、周囲に慌てて頭を下げる。


 ここは僕らが通う中学からほど近い公園だ。しかし、いつもならお年寄りや小さな子供連れしかいないので油断していた。


 僕らに手を振っていた西にし先輩は、僕の声に驚いたのか目を丸くしている。視線が再び合うと、ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。


山中やまなかく~ん。何が違うのかな~?」


 西先輩がわざとらしい猫なで声で聞いてくる。


「僕と本栖もとす先輩は、たまたま本屋で会っただけなんです。推理小説の新刊を買ったので、家に帰るまで待ちきれなくて、ここに来たんです」


「ふ~ん、公園で読書デートなんて良いじゃん」


 西先輩が隣で本を読み続ける本栖先輩をチラリと見て言った。本栖先輩の風になびく長い髪は美しいが、どんな顔をして聞いているのか分からない。


「だから、違うんですって! 本栖先輩に失礼ですから、そんなこと言わないで下さいよ!」


「本栖ちゃ~ん。山中はこう言ってるけど、別に俺は失礼な事なんて言ってないよね?」


 西先輩の問いかけに、本栖先輩が本を広げたまま顔を上げる。


「西さん、私も山中くんも忙しいの。邪魔しないでくれるかしら?」


 本栖先輩の切れ長の瞳が、西先輩を睨む。いつも冷静な本栖先輩の感情は読み取りにくい。でも、本気で怒ってはいないと思う。


「ごめんごめん」


 西先輩がヘラリと笑うと、本栖先輩は本に視線を戻す。僕は西先輩に無言で呼ばれて、本栖先輩の座るベンチから少しだけ離れた。


「俺を見つけたときに動揺し過ぎなんだよ。本栖ちゃんは俺に気づいてなかったし、軽く手を振り返すだけでよかったのにさ」 


「なるほど……」


 僕が挨拶をしなきゃと焦っていたから、助け舟のつもりで手を振ってくれたらしい。今日はそっとしておいてくれるつもりだったようだ。


 学校で会ったときに話題にされただろうが……


「俺への反応は30点ね。本栖ちゃんは言い訳なんてしてないでしょ」


「え?」


「まぁ、頑張りたまえ」


 西先輩はいつも以上に低い声で言って、僕の肩にポンッと触れてから去っていく。


 本栖先輩は言い訳なんてしていない。それは、つまり……


 真剣に本を読む本栖先輩が視界に入って、僕は問題を棚上げすることにした。


 どうせなら、本の感想を二人で語り合いたい。


 僕は本栖先輩の隣に戻って、読みかけのページを開く。本栖先輩は先に読み終えていた気がするが、僕が満足して顔を上げるまで、本を広げたまま静かに待ってくれていた。



 終

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