休日の本屋で

本栖先輩は推理なんてしていない

 休日の朝、僕はいつもより早く目を覚ました。リビングに行くと、朝食をとっていた両親が驚いた顔で振り返る。


「今日は、やけに早いのね」


 おはようの挨拶もそこそこに、母が探るように見てきた。


「今日発売の本があるんだ。どうせなら、朝一で手にいれたくってさ」


 僕はトースターでパンを焼きながら、何食わぬ顔で答える。何となく後ろめたくて、二人に背を向けて冷蔵庫を開いた。



 朝食を手早く済ますと、本屋の開店時間に合わせて家を出る。


 買いたい本が決まっているならば、インターネットで注文する方が早いだろう。でも、僕は必ず本屋に行って買うことにしている。たまに、思わぬ本との出会いがあるからだ。


 それに、今日は運が良ければ……



 この街の本屋は、僕らが通う中学校のすぐ側にある。僕は開店したばかりのお店に入って、推理小説のコーナーにまっすぐ向かった。お目当ての本の在庫が数冊あることを確認して、一番手前の一冊を手にとる。


山中やまなかくん?」


 背後からよく知る凛とした声がかかった。僕は振り返りながら、心の中で歓喜する。


本栖もとす先輩、おはようございます」


「おはよう。もしかして……」


 先輩は、僕の手元に視線を落としてから上品に微笑む。僕も可愛らしい笑顔につられて笑顔で頷いた。


「待ちきれなくて、早起きしちゃいました」


「私も昨日からソワソワしていたのよ。一緒ね」


「はい!」


 本当は『一緒』ではないけれど、僕はすぐに肯定した。理由は違うがソワソワしていたのは事実なので、嘘にはなっていないと思いたい。


 今日発売の小説は、前に先輩から勧めてもらって読み始めたシリーズの新作だ。先輩もこの本を買いに来ることは、簡単に予想ができた。


 先輩がいつも小説の発売日には、部活を欠席して急いで学校から帰っていることは知っている。発売日が休日なら開店直後に買いに来ると推理して、この時間を選んだのだ。


「会えるんじゃないかなって、ちょっと思ってたの」


 え!?


 どういう意味だろう。先輩の頬が薄く色づいている気がして、自分に都合のよい答えが頭に浮かんでしまう。


「……」


 本栖先輩は推理なんてしていない。


 僕は自惚うぬぼれてしまわないように、心の中で唱えながら会計に向かった。

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