最終話 友情

「はい、三回目が焼けたよ」

 

 そう言って入ってきたのは、亜美あみの想い人である西にし先輩だった。私は緊張しながら挨拶をする。


「彼女も翔真しょうまくんのファンみたいだから誘っちゃった」


「へ~、それなら君もいっぱい食べな」


「ありがとうございます」


 クリームたい焼きは西先輩の得意料理で、先日も料理部の後輩たちに教えたばかりらしい。精進しょうじ先輩が食べ物のたい焼きを好きだと勘違いして練習するうちに得意になったようだ。


「精進先輩は『クリームたい焼き』が好きなことを周りに隠してないんですね」


 私はたい焼きを食べながら、気になっていたことを口にする。


「どうして隠すの?」


「実は……」


 私は小学校時代の経験を先輩たちに話した。精進先輩は当時の私の代わりに怒りながら聞いてくれている。


「あの魅力が分からないなんて人生損しているわ。そんな人のことは、気にしなくて良いのよ」


「人生損してる……そのとおりかもしれません」


 同じ人に恋をしているのに、精進先輩の恋に秘密はないらしい。格好良いけど、私に真似できるだろうか。


「こういうのは、人それぞれだと思うよ? まぁ、俺は精進ちゃんのそんなところも好きなんだけどね~」


「そういうの、いらないわよ」


 精進先輩は、おちゃらけた西先輩を呆れた顔で見ている。私は亜美のことも考えて観察するが、少なくとも精進先輩に特別な感情はなさそうだ。西先輩は……正直よく分からない。


「『誰にも恋』のほうが『誰にも恋』より良いと思うな」


 西先輩が精進先輩に聞こえないようにボソリと言う。どうやら、本気の告白だったらしい。私はフォローの言葉も見つからなくて曖昧に笑った。



「見つけた!」


 勢いよく扉が開いて、そちらに視線を向けると、たい焼きを抱えた亜美が立っていた。亜美は西先輩からやけ食いの話を聞いて、私にも食べさせようと探してくれていたらしい。


中禅寺ちゅうぜんじちゃんが食べさせたい相手って君か~。友情って良いよね」


 西先輩が茶化すように言ってくる。精進先輩への告白といい、真面目に言えば良いのにとは思うが、友情のために黙って置くことにする。正しく精進先輩に伝わっても、脈なしかもしれないが……


「中禅寺亜美は、私の自慢の友達ですよ」


 西先輩の言い方は置いておくとして、話の内容には全面的に同意したい。


「ちょっと、紗穂さほ……」


 亜美に見つめられて、私はさり気なく視線をそらす。勢いで言ってしまったが冷静になると恥ずかしい。


 亜美は精進先輩に促されて西先輩の隣に座った。亜美の頬がほんのり赤い。並んで座る二人はとってもお似合いで、私は亜美に心の中でエールを送った。

 

「私が焼いたのも食べてみて」


 亜美に勧められてクリームたい焼きを手に取る。ワッフルを作る予定を変更して私のために焼いてくれたたい焼きだ。


「……うん、とっても美味しい。亜美、ありがとう」


 私は心から笑ってお礼を言った。たっぷりと友情の詰まったたい焼きは、今まで食べた中で一番美味しい。


「良かった」


「心配かけてごめんね」


 いろんな意味のこもった亜美の言葉に、私は恥じ入りながら謝罪する。亜美や先輩たちのおかげで、『クリームたい焼き』が悲しい思い出にならずに済みそうだ。


「新しいイケメンを探さないといけないわね」


 精進先輩がいくつ目か分からないたい焼きを食べながら言った。



 私の次の恋はどんなものになるのだろう。精進先輩のようにはいかなくても、大切な友人には相談しようと思う。


「相談してくれたら、いつでも協力するわ」


 亜美に伝えたら、「任せて」と言って胸を張った。私はバッグを投げてしまった精進先輩との出会いを思い出して、苦笑しながら頷く。亜美の協力は心強いが、今度は御手柔らかに願いたい。



 終

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