精進先輩の恋に秘密はない
第1話 キーホルダー
私は、出張帰りの父からタブレット端末を借りると、自分の部屋に急いで向かった。自分専用のものが欲しいが、高校生になってからと言われている。
部屋に入ると時計を気にしながら椅子に座って、見やすい位置にタブレットをセットする。21時ぴったり。再生回数0回。サイトに公開されたばかりの動画をタップした。
【皆さん、こんばんは! 『クリームたい焼き』です!!】
画面の中で金髪の青年、
お笑いトリオ『クリームたい焼き』は、子犬のように可愛い翔真くんとふわふわ美人の
翔真くんがテレビの生放送で発した咄嗟のボケが拾われてプチブレークしたが、二年前に深夜のレギュラー番組が終わってからは話題に上がることもなくなった。あまり言いたくないが、世間一般からは『一発屋』だと思われている。
現在は毎週水曜に公開されているこの動画と、事務所経営の劇場公演が活動の中心だ。中学生になったばかりの私には、動画でしか会うチャンスはない。
でも、本当は『一発屋』なんて呼ばれるような人ではないのだ。翔真くんにコントを書かせたら誰にも負けないし、三人で投稿している動画はとてつもなく面白い。一度見てもらえれば……
【ちょっと、二人して僕をからかうの止めてくれる?】
画面の中の翔真くんがしゅんとした顔で訴えている。私はその可愛らしい姿に釘付けになった。もう一度だけ……
【ちょっと、二人して僕をからかうの止めてくれる?】
動画を少し戻って翔真くんの姿を目に焼き付ける。『クリームたい焼き』の魅力はなんといっても翔真くんの可愛さだと思う。十歳も年上だが、守ってあげたくなる雰囲気が胸をキュンとさせる。
結局、私は何度も何度も繰り返し動画を再生してしまった。
翌朝、私はスクールバッグをニヤニヤ見つめながら学校に向かっていた。バッグには、翔真くんがデザインしたアクリルキーホルダーが揺れている。昨日、父にタブレットを返しに行ったら、出張土産だと言って渡してくれたのだ。
動画の中で可愛くないと自虐ネタにされているキーホルダーが手元にある。私にとってこんなに嬉しいことはない。
「
「おはよう」
名前を呼ばれて振り返ると、友人の
亜美はハキハキとした性格で、自己主張が苦手な私とは正反対だ。それなのに、何故か馬が合って最近はいつも一緒にいる。
「昨日、
亜美の惚気とも取れる愚痴を聞きながら校舎に入る。亜美の片思いの相手は部活の先輩なのだ。私が相槌を打ちながら微笑ましく聞いていると、亜美が突然立ち止まる。
「紗穂は好きな人いないの?」
「えっ! わたし?」
亜美にジーッと見られて、私は思わずキーホルダーを握りしめる。『好きな人』と言われて思い浮かべるのは、翔真くんの笑顔だけだ。
テレビに『クリームたい焼き』が出ていた頃は、友人たちにも翔真くんが好きなことを公言していた。その後もしばらく隠さずにいたが、『まだ好きなの?』とか『古い』とか言われて、すっかり誰にも言えない恋になってしまった。
中学生になってから仲良くなった亜美はその事を何も知らない。たぶん、亜美なら馬鹿にしたりはしないと思う。それでも、何度も傷つけられた記憶のせいで伝える勇気が湧いてこない。
「あれ? そのキーホルダーって……」
亜美が私の握っていたキーホルダーを指差す。亜美は『クリームたい焼き』の事を覚えているのだろうか。
「知ってるの?」
期待と不安が入り混じってドキドキしながら、恐る恐る聞いてみる。亜美は難しい顔をしてキーホルダーを見つめていた。
「
亜美からは想像とは違う答えが返ってきた。精進先輩とは世情に疎い私でも知っている、学内のアイドル的な存在だ。あの可愛らしい人が『クリームたい焼き』を好きなのだろうか。それもキーホルダーを持っているなら、十中八九、翔真くんのファンだ。
「精進先輩って……」
「あっ! まずいよ、紗穂。遅刻しちゃう!」
授業開始5分前のチャイムが鳴って、亜美が慌てて階段を駆け上がる。結局、その日は詳しい話を聞くことが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます