最終話 喫茶店

 数日後の祝日、僕は西にし先輩に呼び出されて定休日の喫茶ウエストに来ていた。隣に座る私服姿の本栖もとす先輩が可愛すぎて直視できない。


 なんとなく察していたが、喫茶ウエストは西先輩のお祖父さんが経営しているお店らしい。そして、チーズケーキを作っているのは……


瑞輝みずきの友達に食べてもらうなんて緊張するな」


 光輝こうきさんが自分で作ったチーズケーキを皆に配ってくれている。念願のチーズケーキは、西先輩の親族が作る特注のチーズをふんだんに使っているのだと教えてくれた。


「中に入っているナッツがアクセントになっていて、とっても美味しいです」


「ありがとう。こんなに真面目な子が瑞輝の後輩なの? 悪影響を受けないか心配だな」


「ちょっと、兄貴~」


 西先輩の抗議を、光輝さんがよく似た笑顔で受け流す。


 光輝さんはパティシエを目指しており、両親を説得するために作ったチーズケーキが話題になってしまったらしい。まだ高校生なので、事情を知る常連客にしか提供していない。


「本当に貴重なケーキなんですね。食べられて光栄です」


「大袈裟だな~。ただのチーズケーキだよ」


「お前が言うな」


 西兄弟が楽しそうにじゃれ合う。


 隣をチラリと見ると、本栖先輩はそんな二人を気にする様子もなく澄ました顔で紅茶を飲んでいた。基本変わらないが、垣間見る後輩らしい姿は新鮮だ。



 カラン コロン


 僕たちがケーキを食べ終えた頃、綺麗な女性が喫茶店に入って来た。


 光輝さんが照れながら彼女の来美くるみさんだと紹介してくれる。初めて会う女性だが、ふわふわと柔らかい雰囲気は誰かに似ている気がする。


「巻き込んじゃったから、ちゃんと説明しようと思ってさ」


「もしかして、暗号の作者さんですか?」


 僕の質問に来美さんがふんわりと笑って頷いた。


 本栖先輩も来美さんとちゃんと会うのは初めてらしく、僕の隣で人見知りを発揮している。そんなわけで、僕が代表して暗号を解いた日のことを説明した。



「よく最近書かれた暗号だって分かったね。俺は来美に教えてもらうまで、本当に古いものだと思っていたよ」


「暗号は万年筆で書かれたんだと思うんですけど、インクが最近発売されたものだったんです」


 僕自身はインクに詳しくないが、万年筆インクにハマっている姉がいるので、たまたま知っていた。


「光輝が解くと思っていたから油断しちゃったわ。あのインクはお気に入りなの」


「レトロな色で好きだと姉も言っていました」


「お姉さんと気が合いそうだわ」


 来美さんが使ったインクは界隈で話題になったものだ。姉に見せられたときに褒めたら分けてくれたので僕も使っている。便箋はちゃんと古いものを使ったそうで、来美さんは少し悔しそうだ。


「俺は飲み物のおかわりを用意してくるから、先に進めてて~」


 いよいよ光輝さん達の事情を聞こうとしたところで、西先輩が席を立つ。僕は待つべきかと思ったが、気にせず進めるようだ。



 来美さんは中学卒業間近だった半年前、暗号文を光輝さんに渡した。光輝さんは最初の暗号でつまずいて、来美さんには言えないまま放置していたようだ。


「返事をくれたから、まさか謎を解いていないとは思わなかったのよ」


「あの絵本に手紙が挟んであったら気づくよ」


 光輝さんは最後のヒントに書かれていた【私達の思い出の絵本】をたまたま開いたため、【探し物】である手紙だけは手に入れられたらしい。察するにその手紙がきっかけで、幼馴染の二人は付き合うことになったようだ。


「回収してきてとは言ったけど、まさか瑞輝くん達にやらせるとは思わなかったわ」


「暗号なんて俺に解けるわけないだろう?」


 謎解きをしていないことが最近になってバレて、ちょっとした喧嘩になったらしい。


 来美さんは学校の先生を目指していると言う。将来、教育実習で母校に戻ったときに、そんなものが残っていたら落ち着かない。その気持ちは僕にもなんとなく分かる。


「騙してごめん。瑞輝も悪かったな」


「別に気にしてないよ」


 西先輩がちょうど戻って来て三人に飲み物を配る。三人分?


「山中、運ぶの手伝って~」


「は、はい」


 僕は西先輩に少し離れたカウンター席に誘導された。手伝いではなく、どうやら話があるらしい。本栖先輩が心配だったが、来美さんと推理小説の話をしているようだ。


「山中は勘が良いから察したと思うけど、小学生のときにちょこっと憧れてただけなんだ。だから、今日のことは精進しょうじちゃんには内緒にしてね」


「あっ!」


 僕はつい声が漏れて、慌てて口元を抑える。来美さんの雰囲気が誰かに似ていると思っていたが、西先輩が片思いしている精進先輩だ。見た目は似ていないので、思い出すまで時間がかかってしまった。


『光輝さんは鈍感なのかしら?』


 本栖先輩の言葉を思い出す。好きだった人が他の人にラブレターを届けるために作った暗号文。西先輩が最初から気がついていたなら、一人で挑む気にはなれなかったのも分かる。西先輩は最初から音楽室の鍵を用意していたので、あの時点で一つ目は解けていたはずなのだ。本来なら僕らに助力を求める必要はない。


 精進先輩がいない日を選んだのも過去の恋を知られたくなかったからだろう。自分のことを棚に上げて、本栖先輩と同じ台詞セリフが言いたくなってくる。


 光輝さん、流石に鈍感すぎるでしょ!!


「もしかして、気づいてなかった? それなら言わなきゃ良かったな~。やっぱり、恋愛関係は疎いんだね」


「『やっぱり』って、なんですか……」


 僕がジットリと見ても、西先輩はヘラリと笑うだけだ。色んな意味で複雑な気持ちになるが、残っていた謎がすべて綺麗に解けたので良いことにしよう。


「ちなみに、俺も山中の秘密を握ってるよ~」


 西先輩がニコニコしながら、本栖先輩の方を見る。流石の僕でもその視線の意味は理解できる。


「せ、先輩……」


「珍しく張り切って暗号を解いてたし、脈アリだと思うよ」


「脈アリ?」


 確かに本栖先輩は急いで暗号を解いていた気がする。だが、それがどうして脈アリということになるのだろう。

 

「あ、本栖ちゃんがこっち見てるよ」


「えっ!」

 

「嘘だよ~」


 西先輩はとっても楽しそうに笑う。この分だと事あるごと揶揄からかわれそうだ。それもこれも西先輩の甘酸っぱい初恋を知ってしまったせいだろう。


 正直、知りたくなかった……


 僕は小さくため息をつく。


 西先輩の謎は解いてはいけない。今更気づいても、僕にはどうすることもできなかった。



 終

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