第2話 見守る人物

 イズミ中学には音楽室が二つある。音楽の授業で使う新校舎の音楽室と、お絵描き部の上の階にある吹奏楽部が使っている音楽室だ。


【あなたの探し物の在りは、私達の演奏を見守る人物が知っている】


 僕たちは旧校舎の音楽室にその【人物】がいるとみて、そちらに向かった。音楽の授業で彼らに会うことがなかったからだ。



「吹奏楽部がいないのに、どうやって入るんですか?」


 音楽室には高価な楽器が置いてあるので鍵がかかっている。吹奏楽部がいると探し物はしにくいが、いなければいないで入る方法がない。


「なぜかここに鍵があるんだな~」


 僕の心配をよそに、西先輩がニヤリと笑って鍵の束を取り出した。その鍵は、一般の生徒が手にすることのない職員室に保管されているものだ。


「えっ! どうやって借りたんですか!?」


「吹奏楽部のぶちょ……」


「聴かないほうが良いと思うわよ」


 本栖先輩が西先輩の言葉を遮ってため息をつく。西先輩は『吹奏楽部の部長』に借りたのだろうか。女子が九割の吹奏楽部において部長は当然女性だ。いつも女子に囲まれている西先輩を思い出して、僕は黙って本栖先輩の助言に従った。


「別に悪いことに使うわけではないから良いじゃん」


 西先輩がヘラリと笑って音楽室の鍵を開ける。不法侵入……いや、吹奏楽部が知っているのだから留守番だろうか。


 本栖先輩が心配そうにこちらを見ていたが、僕は問題ないと言うように音楽室に入る。優しい本栖先輩は、後輩の僕を巻き込む事に躊躇ちゅうちょしたのだろう。



「ありましたね」


 部屋の中には予想通り有名な音楽家の肖像画が飾られていた。いつも【演奏を見守る人物】とはおそらく彼らのことだ。


「手分けして確認しましょう」


「はい」


 本栖先輩がバッハの肖像画を調べる横で、僕はベートーヴェンの肖像画を外した。肖像画の裏にはテープで紙が貼り付けられている。剥がしてみると、西先輩が光輝こうきさんから預かったものと同じ便箋だった。


「あったね~」


「順調ですね」


 すべての肖像画を調べ終え、僕らは三枚の便箋を手にした。便箋にはそれぞれ記号とひらがなが書かれている。


【➀| ひのしちいかきがろんが】


【➁| がきょくかだょくくめっ】


【➂↓ んんうたいいくふばのき】


「単純すぎるわね」


 本栖先輩が三枚の便箋を並べ終えてすぐに言った。僕は頷きながら、さり気なく便箋を観察する。遅れをとって役に立たないとは思われたくない。


 幸いなことに、暗号は僕にでも分かる簡単なものだった。数字の順に一文字ずつ拾っていく。つまりは横書きで書かれたものを縦に読めば良い。


 ひ・が・ん・の・き……


「『悲願の金賞、地区大会課題曲、楽譜、6番目の楽器』でしょうか?」


「うん、俺もそう思う。金賞を取ったのは去年だね」


「あったわ。これね」


 僕が答えに辿り着いたときには、本栖先輩は次に進んでいた。先輩が見ていたのは、昨年の地区大会のプログラムだ。そこに書かれていた課題曲を確かめて、棚から該当する楽譜を引き抜く。


「ピッコロ、フルート……。6番目というとクラリネットですね」


「OK! クラリネットね」


 西先輩はそう言いながら、鍵束を持って楽器の保管してある棚に向かう。しかし、西先輩が開けた棚の中には一つも楽器が入っていなかった。


「吹奏楽部が合同練習に持っていったんですかね?」


「だろうね~。今日はここまでかな」


 僕と西先輩は落胆したが、本栖先輩はそうではないようだ。


「お目当ての楽器は残っていると思うわよ。誰かが持ち出すものに暗号を残すとは思えないもの」


 本栖先輩は西先輩から鍵束を受け取ると、他の棚を次々に開けていく。


「……」


 僕が諦めかけた頃、一番奥の棚で楽器が見つかった。それらには『使用不可』という張り紙が貼られている。僕は本栖先輩と頷き合って、その中にあったクラリネットのケースを開いた。


「ドとレとミの音が出ない感じかな~?」


 ケースの中には壊れたクラリネットが入っていた。本栖先輩は、歌い出しそうな西先輩を冷たい目で見てから、クラリネットを慎重にケースから取り出す。僕はクラリネットの死角にあったポケットを探った。


「ありました!」


 予想どおり、そこには今までと同じ便箋が入っていた。僕は本栖先輩と書かれた文字を読んで、二人で首を傾げる。


「どういう意味で……あっ!」


 西先輩が僕の手の中にあった便箋をヒョイッと取り上げた。振り向くと、西先輩はなんとも言えない表情をしている。


「ありがとう。宝の隠し場所が分かったよ」


「それってどこですか?」


 僕の疑問に、西先輩が困った顔をして笑う。


【私達の思い出の絵本】


 便箋にはそれだけしか書かれていなかった。

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