第3話 調理室

 僕たちは、本栖もとす先輩の提案で一階の調理室に移動した。


西にしくん、どこ行ってたの? 先に焼いてるわよ」


「やっぱり、たい焼きはあんこだよね」


 エプロンをつけた料理部員たちが、楽しそうにたい焼きを焼いている。僕は女性ばかりの空間にどうしても萎縮してしまう。西先輩はいつもこの中に男一人で混ざっているのだからすごい。  


「俺にもちょうだ~い」 


「良いわよ」


 西先輩が口を開けて待っていると、部員の一人がニコニコしながら小さなたい焼きを口に放り込む。モテモテで羨ましいが、僕には真似出来そうにない。というか、中禅寺ちゅうぜんじさんがたい焼きを食べさせた部員を睨んでいるし、こんなピリついた空間の中心人物になるのは遠慮したい。


「うん、美味しいよ」


「良かった」


 西先輩は頬を赤くした部員と微笑み合っている。やっぱり、ちょっとだけ羨ましい。


「中禅寺さん、これを見てくれるかしら?」


 本栖先輩の声に反応して振り返ると、先輩は中禅寺さんに窓の外を指し示していた。僕も先輩に駆け寄って、中禅寺さんとともに窓の外を覗き込む。


 そこには猫の親子がびしょ濡れでうずくまっていた。


「あっ!」


 僕は思わず声を漏らす。子猫がビクンと反応したのに気がついて、慌てて口元を抑えた。


 子猫の近くにはうす茶色の粒が散らばっている。状況から考えて、たい焼きの食べかすとみて良いだろう。


諏訪すわさんだったかしら? バスタオルを持っていたわよね。ちょうど良いから、拭いてあげたらどうかしら?」


「は、はい!」


 諏訪さんはペタペタと足音を立てて調理室を出ていく。外に回り込むのだろう。


「私は親猫が子猫のために調理室に忍び込んだのではないかと考えているわ。この部屋には誰も居なかった。それなら、それしかありえないでしょ?」


「……」


 僕は窓からたい焼きが置いてあったと思われるお皿までのルートを猫の動きを想像しながら目で追った。確かに、猫が入り込んでたい焼きを奪うことは可能だろう。しかし……


「これは私の推測でしかないわ。ちゃんと解決できなくてごめんなさいね」


 本栖先輩は中禅寺さんと会話をしながら、視線だけは窓の外の諏訪さんに向いている。本栖先輩の結論には疑問があるが、僕は何か意味があるのだと悟って黙って成り行きを見守った。


「謝らないで下さい。猫の仕業だと分かれば安心です」

 

「いいえ。自分が間違ったり、失敗したときには謝罪が必要だわ」


「えっと……?」


 中禅寺さんが不思議そうに本栖先輩を見ていたが、先輩は気にせずにスタスタと調理室を出ていく。『お絵描き部の探偵』の仕事は終わったということだろう。


「あの……、人間の食べ物は動物にとって毒になる事もあるんです。えっと……つまり、何が言いたいかと言うと……、窓の締め忘れには気をつけて下さい」


 僕はしどろもどろになりながら、なんとか伝えてペコリとお辞儀をする。誰かが何かを言う前に、逃げるように本栖先輩の背中を追った。

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