第2話 事件
僕は興奮気味だった
「お疲れ~」
聞き取りを始めようとしたところで、お絵描き部の部員である
諏訪さんは僕と目が合うと小さく会釈をする。普段から大人しい女性だが、今日はいつにも増して静かだ。
「そういえば、西先輩は料理部との兼部でしたよね」
「そうよ。西先輩からお絵描き部の探偵の話を聞いていたから、相談に来たの」
僕の質問に、西先輩ではなく中禅寺さんが回答する。思い出してみれば、中禅寺さんも諏訪さんも料理部だ。持ち込まれたのは、料理部で起きた揉め事らしい。
「別に本栖ちゃんに相談するようなことじゃないんだよ。中禅寺ちゃん、調理室に戻って、たい焼き作らない?」
いつもはチャラチャラしたモテ男の西先輩が珍しく困った顔をしている。
「そうはいきません。西先輩がせっかく焼いて下さった、たい焼きが消えたんです。きちんと、犯人を探すべきだと思います」
「いや~。でも、失敗作だしね」
中禅寺さんは西先輩を赤らめた顔で見ているのに、話を大きくしたくないと書いてあるような西先輩の表情に気づいていないようだ。暗い顔をした諏訪さんも同様だろう。
「中禅寺さんだったかしら? 事件の詳細を語って下さる?」
「えっ! ちょっと、本栖ちゃん!?」
本栖先輩は西先輩を面倒くさそうに見てから、中禅寺さんに視線を戻す。早く話を終わらせて本を読みたいのだろう。中禅寺さんは引く気がないようなので、解決しないことには静かなお絵描き部は戻ってこない。
「私と西先輩とで、たい焼きを作ってたんですけど……」
「二人じゃないよ。諏訪ちゃんとか他の部員もいたんだ」
「西さんは、黙っていて下さい」
「すみません」
西先輩は降参するように両手を上げて窓際まで下がる。本栖先輩はいつも西先輩に辛辣だ。仲が悪いわけではないだろうが、真っ直ぐな本栖先輩には曖昧さを好む西先輩の性格が合わないのかもしれない。
僕は背中を向けてしまった西先輩をぼんやり見ながら、中禅寺さんの話を聞いていた。
料理部の面々はたい焼きの生地を作り、焼き始めたところで、中に入れるクリームが冷蔵庫に入ったままだと気づいたようだ。
「クリームは調理準備室の冷蔵庫に入れてあったんです。準備室には鍵がかかっていたので、西先輩と二人で職員室に鍵を取りに行くことにしました」
放課後の時間は短い。前日のうちに西先輩がクリームだけ作っておいたようだ。
「外側の生地にも卵や牛乳が入っているわよね?」
「はい。生地の材料は今日の朝持ってきたので、職員室の冷蔵庫に預けてあったんです。だから、準備室の冷蔵庫のことをすっかり忘れていて……」
「なるほどね」
同時に西先輩がクリームしか用意していないことも分かって、部員は驚いたらしい。あんこを買いに行った者がいたり、それぞれ用事を済ませるために一度解散となったようだ。
「私と西先輩が調理室に戻ってきたときには、誰も部屋の中にいませんでした」
他の者が戻って来るのを待っている間に、最初に焼いた餡なしのたい焼きが無くなっていることに気づいたようだ。
中禅寺さんは西先輩からお絵描き部のことを聞いていたので、すぐに調理室を出て、ここに相談にやって来た。
「中禅寺ちゃんが『お絵描き部に行く』って言って部屋を飛び出すから、俺も追いかけたんだ。そうしたら、廊下で諏訪ちゃんに会ったから一緒に来たんだよ」
「事情は分かったわ」
中禅寺さんからの依頼は、たい焼きを盗んだ犯人を探すこと。この時点でいくつか推測できるが、どれが真相であっても西先輩が先程言ったとおり、わざわざ相談に来るようなことではないだろう。
西先輩の本命の女性はお絵描き部に所属している。中禅寺さんは、事件の真相よりお絵描き部に興味があって、訪れる理由として使ったのかもしれない。その証拠に、中禅寺さんは先程からチラチラと部屋の中を見ている。しかし、中禅寺さんの性格から考えると、その辺りは無意識だろうから厄介だ。
とにかく話を聞いてしまった以上、何らかの結論を出す必要がある。僕は本栖先輩と顔を見合わせてため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます