本栖先輩はそんなに優しくない
第1話 放課後
僕は割り当てられた教室の掃除を終えると、スクールバッグに教科書を乱雑に詰め込んで旧校舎に向かった。イズミ中学に入学して二ヶ月。それが僕の放課後の日課になりつつある。
旧校舎は吹奏楽部が奏でるフルートやトランペットの音色とお菓子の焼ける甘い匂いに満たされていた。三階には音楽室、一階には調理室があるので、旧校舎は掃除当番で遅れるといつもこんな感じだ。
「お疲れ様です!」
僕はその間に挟まるようにある二階の空き教室の扉を元気よく開けた。ここが僕の目的地である『お絵描き部』だ。
「
僕は先輩の邪魔をしないように、いつも使っている窓際の席に静かに座った。珍しく広い教室には本栖先輩以外の姿はない。
もっとも、三十人以上が在籍しているお絵描き部だが、普段から顔を出している者は十人にも満たない。つまり、他の生徒がこれから来る可能性は低く、放課後の時間を先輩と二人きりで過ごせるわけだ。
僕はドキドキしてきて窓を少しだけ開けた。外はあいにくの空模様で、雨がシトシトと降っている。サッカー部のエースである
「雨の中で凄いな」
僕は小さく呟いて、スクールバッグからスケッチブックを取り出す。田沢先輩をスケッチできたら格好良いが、初心者の僕には難しい。無謀な挑戦は早々に諦めて、タブレット端末から手頃な風景写真を探し始めた。
ミャーミャー
オーボエの音色に混ざって猫の鳴き声が聴こえる。僕はこの教室のちょっと騒がしいところも気に入っている。
本栖先輩は周囲など気にする様子もなく、小説を幸せそうに読んでいた。僕は思わずその横顔に見惚れてしまう。
「失礼します!」
穏やかな時間を切り裂くように扉が開け放たれた。ハッとして扉に視線を向けると、隣のクラスの
本栖先輩の知り合いなのだろうか?
そう思って本栖先輩を見たが、先輩は中禅寺さんをチラリと見たあと、自分には関係ないと言うように読書を再開してしまった。
「中禅寺さん、どうしたの?」
僕は仕方なく恐る恐る聞いてみる。中禅寺さんは迫力のあるはっきりとした性格の女性で、僕は少しだけ苦手だ。しかも、なんだか今日は怒っている気がする。
「あなたは、えっと……隣のクラスの……」
「山中です」
「そう、山中くんよね。知ってるわ」
中禅寺さんは気まずそうに断言する。忘れていて申し訳ないと言う気持ちがなんとなく伝わってきた。悪い人ではないのかもしれない。
「それで、どうしたの?」
「ああ、そうだったわ。お絵描き部の探偵さんに依頼があって来たの」
「探偵?」
お絵描き部には毎日のように通っているが、探偵なんて話は聞いたことがない。僕が困っていると、本栖先輩が小説をパタリと閉じた。
「どんな事件かしら?」
本栖先輩がキリリとした表情で言う。頼もしいその姿は『探偵』という言葉がよく似合っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます