■7 セックスしないと出られない部屋2

 ぞわりと、背中に震えが走った。

 同時にそういうことかと、理解がじんわりと体全体に染みこんでいく。


 自分のパパと私の関係が、萌花ちゃんにとっては理想の夫婦像なのだろう。

 そこに自分も加えて、理想の家族を作る。

 それが萌花ちゃんの目的ならば、不倫なんてどうでもいいことだ。


「どうあっても、僕たちは萌花に従うしかないんだよ」


 背後で彼が、再び同じことを言った。


「あなたはどうして、そんなに冷静でいられるの」


 振り返ると、彼はもうベッドに入っていた。


「親子だからね。僕は萌花をよく知ってる」


「なにそれ。だったらなおさら、娘の前でなんて、できないでしょ」


「萌花はいまスマホを持ってる。しないといますぐ、妻に証拠が送信される。おそらくはきみの夫にも」


 再び廊下を見ると、萌花ちゃんがスマホをかまえてにっこり微笑んだ。


「典子さんは不倫をしておいて、『子どもの教育上よくない』なんて倫理を言わないよね? 萌花はもう十二歳だから、ちゃんとわかってるよ」


 たしかに最近は、少女漫画ではっきりとしたセックス描写がある。

 スマホがあればタブーにも簡単にアクセスできる。


「典子ちゃんも早く服を脱いで。一時間以内に終わらないと、萌花ときみが遊ぶ時間がなくなる。そうなったら……」


 ベッドの中で彼が言った。

 彼は娘をひどく恐れている。


「わかった。じゃあいますぐ萌花ちゃんと遊びましょう」


 私は廊下に振り返って言った。


「だめだよ。やることはやって」


 萌花ちゃんが首を振る。


「無理よ」


「なんで。典子さんには、倫理観なんて最初からないでしょ」


 不倫をする人間にだって倫理観はある。

 ではなぜ不倫をするかと言えば、ばれないと思っているからだ。

 ばれたときのリスクがどれだけ大きいかわかっていても、ばれなければ家族を裏切ったことにはならない。

 私は頭の隅で、そんな風に軽く考えていた。


「これは倫理じゃなくて、メンタルの問題よ。できる気分じゃないわ」


「だったらなおさら、パパに愛してもらわないと。萌花、知ってるよ。メンタルの問題が関係あるのは、男の人だけだって。いーでぃーでしょ?」


 気分の問題では、萌花ちゃんを説得できそうにない。

 おそらく生理だと嘘をついても見破られるだろう。


 どれだけ理論で壁を築こうとも、「不倫」のひとことですべては崩れ去る。

 相手の娘がすぐそばにいようが、そんな気分じゃなかろうが、ここでセックスしなければ私は家族を失ってしまう。


 なにより状況は、もう十分に狂っている。


「よかった。典子さん、やる気になったんだね。がんばれー」


 私が後ろ手でドアを閉めると、廊下で萌花ちゃんが応援してくれた。

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