■6 セックスしないと出られない部屋1

「いらっしゃい、典子さん。萌花のおうちへようこそ」


 にこにこと出迎えてくれた萌花ちゃんの後ろには、やつれた彼が立ちすくんでいる。


 招かれたリビングを見渡すと、生活レベルの違いをまざまざと感じさせられた。

 萌花ちゃんのママは、忙しさ相応に稼いでいるらしい。

 慰謝料を考えると、彼がげっそりするのも無理はなかった。


「パパの寝室はそこだよ。じゃあ典子さん、一時間たったら出てきてね。あっ、シャワーはあっちだから」


 典子ちゃんがてきぱきと指示を出す。


 私は唖然とした。

 こんな状況でセックスしろと言うのだろうか。


 なにを考えているのと言いたかったが、ひとまず彼の背中を押して寝室へ入る。


「ねえ。これはどういう状況なの」


 ドアを閉めて問いかけると、彼は首を横に振った。


「萌花はチャットのログのスクリーンショットも持ってる。僕たちは言うことを聞くしかないんだ……」


 彼は自分のシャツのボタンをはずしている。


「ちょっと、なに考えてるの! リビングに娘がいるのよ!」


「だからだよ。しないとまずい」


「あなた、なにを言ってるかわかってるの?」


 シャツを脱いだ彼は、ベルトに手をかけながら口を開いた。


「この通り、寝室が夫婦で別なんだ。うちはレスだよ。萌花はママが忙しくして自分に構ってくれないのは、それが原因だと思ってる」


「そんなの、私には関係ないでしょう」


「きみは萌花に優しかった。萌花はまたきみに優しくしてほしいから、僕たちをここへ閉じこめたんだ」


 はっとなって、私はドアへ向かう。

 鍵でも閉められているかと思ったが、ドアは簡単に開いた。


「あっ、典子さん。先にシャワー浴びる? お水なら用意してあるよ」


 彼の部屋を出ると短い廊下だ。

 萌花ちゃんは壁に背中をあずけ、三角ずわりで私を見て微笑む。

 足下には水のペットボトルが並んでいた。


「萌花ちゃん。もうやめて。こんなのおかしいよ」


「あのね、典子さん。『どの口がそれを言うの』とか、萌花は言わないよ。萌花は本当に、ふたりに仲よくしてほしいだけ」


 そう。

 もともとおかしなことをしているのは私だ。

 私の立場はパパの不倫相手。

 本来なら萌花ちゃんの敵。

 だからいまの状況が異常でも、こちらから言えることなどあるわけない。


「まあ……終わったら、ちょっぴり萌花にもかまってほしいけどね」


 萌花ちゃんが頬を赤くしてうつむく。

 私は真実を、残酷なそれを、ぶつけることにした。


「萌花ちゃんに優しくしてくれるのは私じゃない。ママだよ。私とあなたは、関わるべき人間じゃないの」


 強い口調で言うと、萌花ちゃんがふふっと笑う。


「違うってば、典子さん。萌花はママの愛情がほしいんじゃないよ」


「じゃあどうして」


「萌花は典子さんが好きなの。典子さんをママにしたいの」

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