■5 いしゃ料

 私も彼も、なんの話かとそらとぼけた。

 しかしすべて無駄というか、萌花ちゃんには見通されていた。


「隠す必要ないよ。ママには絶対言わないから」


 私と彼は、ややマイナーなチャットアプリでやりとりしていた。

 どうも萌花ちゃんは、そのログを見ていたらしい。

 私たちの関係が、かれこれ二年続いていることも知っていた。


 それでもの日は、しらを切り通して帰った。

 我が家の夕食がデパ地下の惣菜になったのは、罪の意識にさいなまれたからじゃない。


 すべてを失うかもと思うと恐ろしく、なにも手につかなかったからだ。





『もう萌花が気づいていることをふたりも知ったんだから、これからは典子さんがうちにこればよくない?』


 どうせママは帰ってこないしと、萌花ちゃんがチャットを送ってきた。

 もちろん即座に断ったが、返ってきた言葉に私は絶句する。


『典子さんって、お給料いいの? いしゃ料って、すごく高いって聞いたけど』


 ひらがなのそれが、かえって頭に生々しく響く。

 私の仕事はフリーランスの動画編集者だ。

 仕事には困っていないが、家事のかたわらなので収入は安定していない。

 しかし問題は、収入の多い少ないではない。


 性交渉はないものの、私は夫を家族として愛している。

 かわいげのない反抗期でも、息子も最愛の家族だ。


 一方で不倫相手である彼のことは、愛着はあっても愛情はない。

 おそらくは、彼だってそうだろう。

 お互いがお互いにとって、都合のいい存在だっただけだ。


『萌花ちゃんは、私を脅しているの?』


 脅すという字は読めないかと思ったが、あえてひらがなにはしなかった。

 私は自分を棚に上げ、怒っていたのだと思う。


『そんなに怖がらないで。萌花はただ、典子さんに会いたいだけだから』


 顔を見ずとも、萌花ちゃんが微笑んでいるのがわかった。


 秘密を握られた以上、私たちは萌花ちゃんに従うしかないのだろう。

 しかし相手は十二歳の子どもだ。

 機嫌さえ損ねなければ、うやむやにできるかもしれない。


 そんな甘えもあり、私は翌週に都内のタワーマンションを訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る