■5 いしゃ料
私も彼も、なんの話かとそらとぼけた。
しかしすべて無駄というか、萌花ちゃんには見通されていた。
「隠す必要ないよ。ママには絶対言わないから」
私と彼は、ややマイナーなチャットアプリでやりとりしていた。
どうも萌花ちゃんは、そのログを見ていたらしい。
私たちの関係が、かれこれ二年続いていることも知っていた。
それでもの日は、しらを切り通して帰った。
我が家の夕食がデパ地下の惣菜になったのは、罪の意識にさいなまれたからじゃない。
すべてを失うかもと思うと恐ろしく、なにも手につかなかったからだ。
*
『もう萌花が気づいていることをふたりも知ったんだから、これからは典子さんがうちにこればよくない?』
どうせママは帰ってこないしと、萌花ちゃんがチャットを送ってきた。
もちろん即座に断ったが、返ってきた言葉に私は絶句する。
『典子さんって、お給料いいの? いしゃ料って、すごく高いって聞いたけど』
ひらがなのそれが、かえって頭に生々しく響く。
私の仕事はフリーランスの動画編集者だ。
仕事には困っていないが、家事のかたわらなので収入は安定していない。
しかし問題は、収入の多い少ないではない。
性交渉はないものの、私は夫を家族として愛している。
かわいげのない反抗期でも、息子も最愛の家族だ。
一方で不倫相手である彼のことは、愛着はあっても愛情はない。
おそらくは、彼だってそうだろう。
お互いがお互いにとって、都合のいい存在だっただけだ。
『萌花ちゃんは、私を脅しているの?』
脅すという字は読めないかと思ったが、あえてひらがなにはしなかった。
私は自分を棚に上げ、怒っていたのだと思う。
『そんなに怖がらないで。萌花はただ、典子さんに会いたいだけだから』
顔を見ずとも、萌花ちゃんが微笑んでいるのがわかった。
秘密を握られた以上、私たちは萌花ちゃんに従うしかないのだろう。
しかし相手は十二歳の子どもだ。
機嫌さえ損ねなければ、うやむやにできるかもしれない。
そんな甘えもあり、私は翌週に都内のタワーマンションを訪れた。
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