■3 本当はなにもかも気づいているのかも

 彼に視線を向けると、「僕は言ってないよ」というように顔の前で小さく手を振っていた。


「萌花ちゃん。なんでうちが男の子だってわかったの」


「その子、いくつですか」


「十五歳。中学生だけど……ねえ、萌花ちゃん」


「中学生ならお洋服とか、もう自分で買いにいきますよね」


「そうね。お小遣いとは別に、服代を渡してるけど。それでね、萌花ちゃん」


「萌花、夢があるんです!」


 さっきから、話がまるで噛みあわない。

 なんだか都合の悪い話を、そらしているようにも思える。


 とはいえうちの息子も、小さいうちはこんな感じだった。

「あのね、あのね」と自分のしゃべりたいことばかりで、こっちの質問にはまるで答えてくれない。

 萌花ちゃんは十二歳なんだから、受け答えが子どもっぽくて当然だ。


「よかったら、その夢をおばさんに聞かせて」


 私は変に勘ぐるのをやめ、萌花ちゃんにあわせることにした。


「典子さんは、おばさんじゃないですよ。うちのママより若いくらい」


 思わず苦笑する。


 彼から奥さんは二歳上だと聞いていた。

 四十歳の私が三十八歳より若く見えると言われても、ほとんど誤差の範囲だ。

 それでもまあ、悪い気はしない。


「ありがとう。ただ、ママには言わないほうがいいわ」


 私は微笑みながら、自分の唇に人差し指を当てた。


「言いません。今日パパが典子さんと会っていたことも」


 くすりと笑った萌花ちゃんを見て、思わず背筋がぞっとなった。


 この子は無邪気なふりをして、本当はなにもかも気づいているのではないか――。

 そんな思いが頭を巡る。


「うん。それがいいね。ママが誤解しちゃうかもしれないし」


 彼が娘の頭を撫でる。

 優しいパパはおおいに結構だが、「誤解って?」と突っこまれる可能性は考えなかったのだろうか。


「さっき言ってた、萌花ちゃんの夢ってなあに?」


 私は彼のミスをカバーすべく、うまく話を戻す。


「萌花の夢は……」


 萌花ちゃんが、初めてもじもじとうつむいた。

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