■2 無邪気な小学生に見えた

 年頃の娘を不倫相手に会わせるなんて、とんでもない父親がいたものだ。


「典子(のりこ)さんは、パパのお友だちなんですか?」


 私たちはボックス席に移動していた。

 父親の隣に座った萌花(もえか)ちゃんは、向かいの私に興味津々の様子で質問を浴びせてくる。


「友だちっていうか……」


 私は言葉を濁し、彼に助けを求める視線を送った。


 私たちの出会いはネットゲームだ。

 剣と魔法の世界で私と彼は冒険を重ね、オフ会で互いを意識するようになった。

 その後はなんとなくふたりで会うようになり、体も重ねるようになった。


 どちらも恋愛に飢えていたわけではない。

 けれどゲームの延長で、甘えたり甘えられたりするのは楽しい。


 そんなお気楽な関係だから、互いの家庭を壊すつもりはまったくなかった。

 ダブル不倫によくある、あとくされのないセックスフレンド。

 それが私たちの関係だった。


「典子ちゃんは、僕の大学時代の先輩だよ」


 ネットの友だちと素直に言えばいいのに、彼は取りつくろった。

 意味のない嘘をつくのは、彼がテンパっている証拠だ。


「先輩なのに、『ちゃん』づけなんだ」


 鋭くつっこみ、萌花ちゃんがにやりと笑う。


「そ、それはほら、ほかの先輩がみんな『典子ちゃん』って呼んでたから、僕もうつっちゃって」


「そうそう。私もそういうの、ぜんぜん気にしないし」


 どうにかごまかしながら、視線で彼を責める。

 そもそも彼が娘を連れてきた理由も、彼自身の落ち度だ。


 エンジニアの彼は、おおむねリモートで自宅作業をしている。

 私とのデートに出かけようとしたところで、娘が帰ってきたらしい。

 学校でなにか問題が起こったらしく、突然の休校になったそうだ。


 だったら私との予定をキャンセルして、娘とすごせばいい。

 私たちは空いた時間をふたりで楽しむだけの関係だ。


 なのに彼は「友だちに会いにいく」と、中途半端な嘘をついた。

 結果、萌花ちゃんは自分も行くと言って聞かない。

 テンパっていた彼は事前に連絡して私にキャンセルさせることも思いつかず、こうしていまに至っている。


「そっかー。だからふたりは、すごく仲よさそうなんだね」


 萌花ちゃんがくわえたストローの中を、タピオカの影がふたつ移動する。

 私は妙な胸騒ぎに駆られ、席を立とうとした。


「それじゃあ私は、そろそろ帰るわね」


「典子さんの子どもって、男の子ですよね」


 萌花ちゃんの言葉に、思わず体が固まる。

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