妖精の代償
| 間宮 晴風
大きな鏡に映るのは、スライムベッドに合体しようとしてるのか、ヌルヌルした物体がピョンピョコ跳ねて、変態赤髪女からつるりと逃げているシーンだった。
「笑えばいいと思うの」
「……」
「……」
元はこの精霊の石像で、京介さんはその素材を分解して再構成したみたい。何とも言えないカタチのニョロニョロがぽよぽよ跳ねて、広場への扉をペチペチ叩いてる。
そのアホっぽい絵面にだんだん笑えてくる。
「ッ、い、いえ……ねぇ魔王さま?」
でもこれは罠だ。わたしは笑いたくない。きぬきぬみたいに死に戻りしたくない。わたしの場合はこの世に戻してもらえるかもわからないし、これは絶対に笑ってはいけない。
と思ってたらきぬきぬが狂ったように高笑いし出した。
「ふははははははは!!」
「き、きぬきぬ!? また
「ははははははははは!!」
「せ、精霊様っ! 誤解しないでくださいっ! こんなのきぬきぬじゃないんですっ! きっと多分あの女達に負けそうで心を病んだだけと言いますかっ! そんなに心強くないんですっ!」
「…キャンキャンうるさいの。少しやり過ぎたの。仕方ないの。わたしが京介みたいに優しくぶちやぶって──」
「失礼しました精霊様。ですが、そろそろお遊びは終わらせて次の策を放ってもいいでしょうか」
「その態度は何なの」
「何も」
「……」
あれからきぬきぬは何度か動かなくなり、復活する度にだんだんとおかしくなってしまった。
「今死にましたか?」なんて聞いても本人わかんないだろうし、実際はどうなってるのかわからないけど、目の色がめちゃくちゃ濁ってる気がします…。
きぬきぬもだけど、この偽白崎、無茶苦茶怖過ぎなんですけどぉ…。
「…まあいいの。任すの」
「畏まりました」
そう言って、きぬきぬはあの大きな魔王の玉座に向かってパタパタ飛んでいった。そこには様々なツールがあるらしく、魔王しか触れないのだとか。
「きぬきぬ…」
眠らせられてたからよくはわからないけど、どうやらこの偽白崎──精霊は京介さんにあの魔物を殺して食べて欲しいみたい。
でもあの二匹は元はわたし達みたいに人だと思う。他の魔物、あんな服着てないし…。
死なせても生き返らせれるんだろうけど、食べるなんて禁忌だと思う。それにそんな事実を知れば、優しい京介さんの心が病んでしまう。
それはそれで良いかもしれない…何か悪人ぽかったし。社会のゴミは血と肉…いやいやいや、ダメダメダメ、ダメですっ!
この空間に居ると酷く残忍な性格になるようで、魔女の森一番の心優しいわたしがわたしじゃないみたいになる…怖い。
だけど、絶対阻止しないといけないことはわかる。
でもこの精霊、何となくお弁当を作れないし悔しいからって気がしてくるのは気のせいですかね…?
だとしたらサイコ過ぎるんですけど…。
きぬきぬは精霊って言ってたけど、悪霊なんじゃないかな…。
この頭おかしい精霊の思惑に乗せられないように、どうやってあの魔物達を助けようかな…。多分きぬきぬが何とかするとは思うけど、京介さんに敵対するしかないのかなぁ……
はぁ……。
でも、小さいとあんな事も出来るんですか……。
「あ、あの〜…えへへへ…そのぉ、精霊様? えっとぉ、きょ、京介さんも小さくなる魔法?は、使えるんですか……?」
見た目は愛の営みじゃなくて、完全に獣医と家畜って感じで嫉妬すら浮かばなかったけど、あんな風にお腹が波打つくらい中からぼこぼこに弄り倒されたらわたし、いったいどうなっちゃうの…!?
「若返り? 多分使えるの」
「っしゃあっ! …あっ。えへへへ…」
「でも不思議と思ってるうちは無理なの。疑わない真っ白な心がいるの」
「そ、そうなんですか…」
そっか…。
可能性は無限大、ですか…。
決してして欲しいわけじゃないですけど、興味がないわけではないこともないんですけど、でもあれがきぬきぬの言っていた、敵対すれば罰がある…ですか。
ごくり…。
それと、角度的に見えなかったけど、あの綿棒より細くて長いつぷつぷとしたスライム棒はどう使ったのかな。手足の自由を奪われたメス豚共が、人が変わったように野太い声でマジ泣きしてたあれ。
サロンパスみたいにヌルヌルとした手拭いみたいな布スライムは動き的に何となくわかるんですが…。
どことは言わないけど、多分磨きあげられたんだろうなぁと。
その姿は昔TVで見たことのある熟練の刀研ぎの職人さん…を手伝う孫みたいでしたが緩急の入れ方がまるで達人でした。
煽ってたし仕方ないんでしょうけど、泣いて失神しまくってましたし…。
でもあの細いのはいったい…どう使ったのかな…。
それにしても一人一人贅沢過ぎます…! 何がこれ以上イくのイヤですかっ! 何が重くて深いですかっ! 堪えきれないとか叫びながらも媚びた仕草をしまくりやがって…! わたしの目は誤魔化せませんよっ…!
「またこの女…厄介なの」
「あー…このパスタ女ですか」
画面に映るのは凛音とかいう女だった。
あのヤラせな部屋の女達は全て大前女子で、淑女自慢なんて聞いて呆れるくらいキャインキャインニャアニャア発情してうるさかったけど、一人だけオーマイオーマイ言っててウザい女がいた。
それがこいつ。
京介さんも仕方なく念入りに躾て白目にしてた。あんな冷淡な京介さんもいいですけどね……女さえ増えなければっ! 増やさなければッ! ですがっ!
初めてが衝撃的過ぎて、寝取られ癖にハマってる自覚はあるけど、それはあくまで見知った間柄であって、知らない女だとこう、なんていいますか、
あんなの浮気にも入りませんしっ。
「…あの精霊様、そういえばこのパスタ女の指バッテンって何なんですか? 宗教?」
「知らないの。わたしの精神汚せ……魔法に抵抗してるの」
こいつ…今絶対汚染って言おうとしてた。やっぱり京介さんに何かしてたんだ。わたしの言葉を誰よりも優しく聞いてくれたのに話聞かないなんておかしいと思ったんですよ。まあ、それはわたしがわたしだからとしか言えないんですけど…えへへ…。
「…あの女みたいなの」
「あの女…ですか?」
「わたしを閉じ込めた頭おかしい最古の聖女なの」
「サイコの…聖女…?」
一等アタマおかしい精霊が、自分のことを二段も三段も棚の上に上げるようにして言ってるんですけど…。どんだけヤバい女なんですか…。でも、それならこいつ封印出来るってこと?
「…何したんですか?」
「選ばれなかったからって自分に魔法使って反転消滅した女なの。あんなの聖女じゃないの。魔女なの」
「魔女…ですか…」
魔女といえば、この状況…みんなならどうするのかな。
せっかく本当に魔法なんて使えるんだし、敵は命尽きるまで切り刻んでこいって言われるかな…うみうみとかあんあん辺りに…いや、全員かなぁ…。はぁ…。
でもわたし森の魔女の紅一点、頭脳労働派なんですよ。
みんなみたいにとりまボコっとけ精神の脳筋暴力派じゃないんですよぉ…とほほ。
それにしても、このアタオカ精霊、何か弱点とか無いのかな…やりたい放題なんですけど…。
「……精霊様はその魔法使えるんですか?」
「そんなことより次の策なの」
「…そうですね」
これは使えないと見るべき…かな…?
時間と空間、頭おかしくするやつに生き死ににいろんな魔法。それだけ使えるのに、それは無理なんだ…。でも消滅なんて魔法、死より恐ろしそうだし、使えないならそれでいいけど…。
やっぱり魔法には何かのルールか、向き不向きがあるみたい。なんでわたしが使えるのかわからないのは正直気持ち悪いけど、考えても仕方がない。
それにきぬきぬが超絶ダウナーで使えない今っ! この魅惑の妖精兼森の魔女、はるはるの出番のようですね…!
具体的には全然何にも浮かびませんがっ!
だけど、今後のわたしの立ち位置も左右しそうだし、何とかしないとまずい…! 京介さんもこんなのに取り憑かれて絶対迷惑してるはずですよっ!
そうですよっ! 愛しい人や世界を救うのはいつだって中学生! それはつまり森の魔女っ! 使えない円卓JKじゃないんですっ!
「羽虫」
「うぇッ?! は、はい! なんでしょうかっ!」
「次はお前が行くの。ピンチに追い込むの。一フロアあげるの。中ボスなの」
「! は、はいっ!」
ふぅ……中ボス呼ばわりは腹立ちますが、適当にやられて泣いて叱られてごめんなさいして仲直りして褒めてもらって甘々で慰めてもらってこよぉーっと。
「手を抜いたらカウントダウンなの」
「そ、そんなことするわけないじゃないですかぁ…あははは…」
「今なら無限膜再生も無料オプションなの」
「や、やりますよ! やってやりますよ! っしゃあコンニャローっっ!!」
「…お前も変なの」
「どういう意味ですかねぇっ!」
「なんでもないの」
この悪霊め…。
あー…イライラする…。
それにしても、このイライラ…何なのかな。こいつがムカつくのはその通りですけど、変身してからずっとなんですよね。
この精霊が言ってたように、精神が肉体に引っ張られてるのか、魔法を使おうと意識すればするほど喉が渇くし、お腹が減ってる……ような気がしてくる。
飢えないって言ってたのに、何が「気のせいなの」ですかっ! こんなの詐欺です、詐欺! ベースの白崎に引っ張られてるのかは知りませんけど、多分どっちとも同じ嘘つきですって絶対っ!
そういえば、妖精の好物って何なのかな。
何となく自然食っぽいけど、虫とかミミズとかじゃないといいんですけど……。
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