精霊棒

| 藤堂京介



 王はともかく、あの部屋から出た後、いや、魔物を前にしてからか。血湧き肉踊るというか、ムラムラするというか、何かおかしい気がしないでもない。


 操られている気配はないが、違和感が無いのが違和感か。


 そんな事を考えていると、頭のおかしさから出られない三人がクロエを取り囲んだ。



「キャンキャン騒ぐ小さなクロエちゃんは私達が言い聞かせますので、ご随意にどうぞ」


「な、何すんのさ…」


「青ちゃん、無表情な王様くんに淡々と使われる牝豚って気持ちイイんだよ?」



 いや、それは多人数を躾けるための魔力操作が難し過ぎて無表情になっていただけだ。


 それにしても、自分を牝豚などと…いや、そうだ。豚肉だ、魔物メシだ。ついに暗がりの森までお目当ての味は見つからなかったんだ。


 だが、ここにきて未知がある。


 それがこの二匹だ。


 未知の踏破は勇者の専売特許だ。それはクラスに於ける特性、直感力の高さに由来する。危機はもちろんだが嗅覚の性能がそこいらの村人レベ1 とはわけが違う。永遠ちゃんには遅れをとって眠らせられたがそれは今は昔で今は昔の俺だ。


 何言ってるのかわからないが、それが訴えてくる。これは美味いはずだと、これは食わねばならないと、そう告げている。


 そうだ。俺は知っている。この世界の野生の猪豚の美味さを。小学生の頃に味わった食うや食われるやの食物連鎖の味を。


 何故自然豊かなアレフガルドでそれを味わえなかったのか、魔物が食い散らかした事に対する怨嗟や未練があったのかはわからないが、そう強く訴えている。


 おそらくこの世界で初の魔物メシ。瘴気の類も感じないし、お腹の不安が無いわけでは無いが、先駆けこそが戦場の華。


 そして何より魔を悉く滅し、断罪する希望の刃、勇者たる俺の使命──魔物は全てぶち殺──



「はーい、駄目だよぉ〜」


「──しゅムッ」



 いつの間にかシルフお姉ちゃんが正面から鳩尾に掻き抱いて頭よしよししてきた。横には神社のお姉ちゃんがいて指でバッテンを組み、何やら唱えている。


 なんだろうか。


 真剣味が薄れるんだが。



「王様くん…あんな豚に向ける意があるなら私達に向けてくださいね。それとも嫉妬させたいのかな?」


「ふぅ……ノーノーイエス、マンガみたいにもう一度ヌコヌコしましょう、絶倫王ノーライフキング



 二人とも小鳥みたいに小さな声で子猫みたいにそう囁いてくるが、満更ではない。だが、肉食が過ぎる。確かに大人しい子に限って乱れたりするのだとこの世界では知っている。というか誰がノーライフキングだ。


 絶倫をそんな風に表現するんじゃない。


 新しいじゃないか。


 違くて。



「ムゴムゴっ」


「あっ、や、だめ、暴れないで、おなか押しちゃだめっ……!」


「弾性に逆らうにはかなり力が要りますね」


「セ、セイちゃん、脱落者は?」


「今のところ。みんな意識を失っても落とさないように耐えてましたよ。王様、褒めてください」


「アグリーアグリー」


「むごむご」



 出られない部屋三人の、布一枚越しに漂うクラクラするような濃厚な女の匂いが、俺を何かから引き戻そうとするが、そもそも王など興味がない。あれはただの罰ゲームだ。譲ろうと画策していた王もいたしそんな姫もいたし状況的にそう言わざるを得ないようなことをしでかしたのは事実だが…いや違う違う。今は肉だ。


 しかし、男性に逆らうとは何だろうか。


 落とさないとはなんなのだろうか。


 もう誰の命も落とさないとは誓ったが。


 それはいつの出来事だっただろうか。



「識芙…京介が苦しいだろう? お前は弟というものをわかっていない」



 すると兄しかいないはずの麻里お姉ちゃんが後ろから抱きしめてきた。シルフお姉ちゃんと麻理お姉ちゃんのお姉ちゃんのお腹サンドイッチだ。わーいわーい嬉しいな。今日はずっと一緒にいれるんだよね? 何して遊ぶ? いや今は違う違う。肉だ肉。肉なんだよ。



「あはは。赤姫ちゃんともあろう方が下位の者に嫉妬ですかぁ? しかもそんな格好で…くすくす」


「ファンクラブの皆様が卒倒しますね。臨時集会でも開かれるでしょう。しかしその覚悟やお見事。勢力を伸ばしている腐ったアングラグループの情報もありますし、新たな層の囲い込みが必要ですものね。言葉さんと相談しましょうか。我々はお二方を全力で支持しますよ」


「そ、外ではしないぞ!!」


「ふふ、ついに時は来たれり。青姫様の天下布武を成し遂げましょう。可愛さは武力です」


「ゴーゴーロリエ」


「し、しないよ! って誰がロリエだよっ! みんなしてなんかおかしいよ! そんなのしないって言ったじゃん!」


「そうだぞ!」


「その格好で言われましても…」


「ねぇ?」


「っ、さっき説明したじゃん!」


「そうだ、凛ちゃんもう推敲はパーペキ?」


「イエス。もちのろんです。早速マンガにして布教したいですね。我々の体験談をベースに前期「ヤンチャなぼっちゃまは籠城中」、後期「お姉達のおなかをふくらませるのは王様の僕」でまとめます」


「青姫様が入ってないような…」


「ノーノーイエス。噛ませ犬役ですね。我々にメロメロな僕、それを横目に何にも出来ない金持ちの幼馴染。その方が庶民派には受けると思います」


「何言ってんのかわかんないよっ!」


「な、なぁ、京介、それよりさっきはどうやったんだっ? 急に相手が滑ったような気がするんだけどどうやったんだっ!? すごかったなぁ!」


「むごご」



 確実に俺に向けた力の入れ具合ではないが、何故そんなバレバレのヨイショをする。嘘ではないだろうが、子供扱いするんじゃない。



「ちょっと赤姫ちゃんっ! さっきから力つっよいからっ!」


「何のことかわからないな」


「くっ、このっ! 王様くんから離れてっ!」


「識芙、それは君だ。しかも王などと、京介を見せ物にする気か?」


「あははっ、お祭りっ、どうなるんですかねぇっ! 楽しみ過ぎですねっ!」


「ッ、ぐっ、この力は…やるじゃないかっ…! だが、王などロリエの為にもそれは否だっ!」


「しれっとロリエ言うな馬鹿麻理ー!」


「それに、気になるのはその肌艶にその態度だ。先程からしきりにお腹を摩る仕草を見せつけているのはわかっていた…識芙、君が普段から気にしているそのぽっこりお腹をだっ!」


「き、気にしてなんかないからっ! 赤姫ちゃん、そういうとこだからねっ!」


「さぁ答えてもらうぞっ!」


「うぐっっ!!」



 どうやら頭上では力比べが始まったようだ。何やら不穏な空気だが、そんな事よりみんな待って待って。違う違う。今は肉なんだよ。宴に肉は欠かせないんだよ。


 もぉ、仕方ないなぁ。



「むごっごごごごごごごごごごごごっ」


「京介っ!?」


「へあっ!? お、王様くんそれだめっ! や、落ち──」



 俺が挟まれたままの頭をイヤンイヤンと左右に高速でグリングリン動かすと、その瞬間、何かがシルフお姉ちゃんの足元に落ちた音が──と思ったらすぐさま神社のお姉ちゃんがそれを蹴っ飛ばした。



「イエス敗者っ」


「ああっ!? 待ってェェェェ!! 私のお肉ぅぅぅ!!」



 シルフお姉ちゃんはそう叫びながら小股で何かを取りにいった。


 よく見るとそれは俺がスライムベッドを変化させた、ナニとは言わないが、各人各様の形状と好みを調べ尽くし丁寧に誂えたスライム棒だった。


 麻里とクロエは絶句していた。


 何か産み落としたみたいだし、わかる。


 しかし、回収し損ねていたのか…。


 通りで何かベッド小さいなと。


 え、じゃあ無理矢理締めて…?


 すごいな…魔法で集めたのに抵抗したのか……ああ、弾性に逆らうってそういう…並のショタなら悪夢の吸引力だな。


 違う違う。


 でもそれお肉じゃないんだよ。


 素はなんでもない、ただのぶっ壊した石像の欠片なんだよ。


 誰を型取ったものなのかは知らないが。

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