驕りと慢心は捨てよ。

| 藤堂京介



 麻理お姉ちゃんとクロエにギャーギャー騒がれたので、とりあえず魔法で粘性の縄を作り豚を簀巻きにした。


 すると豚がまるで本当に話してるかのようにタスケテ、ダマサレタなどとみっともなく喚く。


 昔から英会話スクールも多いしそのせいだろうが、もし仮に言語を覚えたならますます厄介だ。


 この国の民は馬鹿みたいにお人好しばかりなんだぞ。


 仕方ない。普通は意識を取り戻しても即気絶させるのだが、ちょうどいい。


 俺は豚の眉間わずが1ミリにぴたりと刃先を突きつけた。



「ヒィ、モウシナイ、タスケテ」


「こんな風に人語っぽい言葉を話すモンスターもいる。それで油断させるんだ。ふんっ」


「ガハッッ?!」



 黒髪メガネ豚を刃の腹で殴り再度気絶させると、クロエと麻理お姉ちゃんが顔を青ざめさせていた。


 なんだろうか。


 いや、これは…死に対しての忌諱か。


 闘争の敗者は口無し無惨、勝者の糧になる以外、何者でもないのだが…この国育ちならば仕方ないか。



「ならイートアンドリリースしよう」


「初めて聞く響きなんだけど…」


「食べたらリリース出来ないじゃないか…」



 いや出来る。


 脳と心臓と股間、正中線さえ無事ならば意外と滅しない。それくらい魔物の生命力は脅威だ。倒したと思って油断していたら首だけでも喰らいつこうとしてくる。


 それでどれだけの冒険者が命を落としたか。


 しかし、今のこの状態ならば全身欠損回復など出来ないか……しかし、一人だと本当に無力を痛感するな…二人には悪いが。


 ああ、そういえば懐かしいな。


 伝承や詩篇に物語、人体や魔物の構造をよく知る彼女アートリリィにとって魔物や迷宮主などある意味美味しい活け造りだった。


 いつもその肉の本体を回復させながら欠損部位を食べさせてきた。別に美味しくはないし、絵面が酷いのはわかっていた。

 

 それでも位階と魔力を手っ取り早く上げるにはそれがコスパでタイパで俺の優先事項で、それを叶えたいと願った彼女の思いの形だった。


 今となってはあれが本心かどうかはわからないが…。


 まあ、とりあえず、耳と鼻と腕と足でいいか。それらをペラッペラに削ごうじゃないか。あの石像の剣に刺してケバブったりしてみようじゃないか。わくわく。


 牙は何に加工しようかな。わくわく。



「京介、ちょっと待ってくれ」


「ん? 麻理お姉ちゃんが捌きたいの? しょうがないなぁ」


「ち、違う、落ち着け! 待ってくれ!」


「シ、シルフィ! あの部屋で本当は何があったんだよっ! 京絶対変じゃん!」


「そうなんですかぁ? 私はいいと思いますケド」



 豚の声が効かなかったシルフお姉ちゃんは適当にそう答えるが、麻理お姉ちゃんは必死な態度を崩さない。というか、クロエも誰が変だと……いや、そうか。こちらでは衛生観念が頭抜けていたな。


 それは盲点だった。


 ならば安心するといい。


 それこそがアートリリィの迷宮イノベーション。その斬新なアイデアを使えばなんとポンポンを下さない。


 繊細な魔力操作がいるが、痛くならない魔物メシだ。


 荒業で苦行な旅だったが、比較的早く位階を上げることが出来たのはあのイノベーションメシのおかげだ。背景に教会の莫大な資金があったのは言うまでもないが、彼女の才能はその中で遺憾無く羽ばたいたのだ。


 殺されはしたが、アートリリィには感謝している。


 そういえば、俺の死んだ後、行き場をなくした莫大な経験値の一旦が、おそらく捥がれた四肢に行き渡ったはずだ。


 それをどうしたのかは、今は知る由もないが、ただ只管に平和の為に有効活用してくれたらいいのだが。


 いや、もしかすると救世大教会に喧嘩を売るかもしれない…なんてのは俺の願望か。


 おそらくヨアヒム辺りが持ち帰るだろうからその時にでも魔力暴走でもさせて爆破してくれたらいいんだが。


 何せ底知れぬ魔力の器を持つとされる勇者の遺骸だ。位層には至れなかったが、それでも限界突破はしていたのだ。


 そうすれば聖女ルトアを取り巻くあの厄介な鳥籠神聖結界もぶち破れるだろう。


 いや、それはないか……。


 彼女の運命は決まっていたしな…。


 そんなしんみりした事を考えていたら、セイレーンお姉ちゃんと神社のお姉ちゃんが澄ました顔をしつつ小股でやってきた。


 そしてとんでもないことを言い出した。



「ご主人様は"王"なのです」


「アグリー、キングキング」



 いや違うが。


 確かにそんなことをみんな言っていたが、まだ言うのか。全て違う違う違うのぉと黙らせたというのに嘘はよくないな。


 それにそんな事を突然言われたらクロエも困るだろうに。



「セイレーン…その意味わかって言ってるんだよね…?」



 …え? それ乗るの?


 え、何? この急に重い空気なんですの? なんなんですの? ご主人様とか王とか恥ずかしくて困るんですけど? ただの王様プレイだったよね? もしかしてまだ続いてるの? あの部屋出たら終わりでしょ? 確かにそんな嬢はいたけど、娼館の前でそんなことされたら気まず過ぎて風魔法とともにダッシュで去りぬですよ。


 違う違う。今は肉の話だ。魔物の話だ。



「もちろん"、…ですっ、んん…」


「ちょ、ちょっと大丈夫? あの部屋で何があったのさ? しかも王だなんて…」


「ち、小さな子は、めっ、禁則事項R15ですよ?」


「だからボク超えてるって言ってるだろ!」


「僕っ娘とかほんとやめた方がいいと思うケド?」


「な、夏もじゃん!」


「夏生さんは青姫様の前では控えてますよ。札束で殴るのはやめてください」


「いじめですかぁ?」


「し、してないから! セイレーンもシルフィもなんて事言うんだよっ!」



 急に姦しいな…。


 食育が始められないじゃないか。


 まあいい。落ち込んだりしたら大きな声だ。


 大声を出せば以外と元気になるもんだ。



「食べてみましょうよ。新しい扉が開くかも知れませんし」


「セイレーン達も見てただろ! これあの男達と同じ格好じゃん!」


「不思議な偶然があるもんだね〜食される運命カモ」


「偶然じゃな〜いっ! 運命とかでもなくてこれ絶対マズイよ!」


「めっ。好き嫌いはいけません」


「そうじゃな〜いっ! 好きとか嫌いとかじゃないのっ! これ絶対祟られるやつだからっ! 凛ならわかるでしょっ!」


「イーザーネーザー」


「んもぉ! いっつも思ってたけど、それどっちなんだよっ!」



 クロエ…おもちゃにされてるな…。


 まあ、普通に可愛い幼女だしな。


 そういえばレイスとか精霊みたいに実体のない奴は流石に食えなかったな。


 冒険終盤、魔法でシェイクやスムージーみたいにしたらどうだろうかと思いつき尻尾で試そうとしたら逃げやがった、あのトカゲのクソジジイを思い出す。


 何が「孕ませてやろうか」だ。


 だれが「情け無いオタマジャクシ」だ。


 絶対帰るし避妊魔法だって言ってんだろうが。



「ど、どうしたの? 京?」


「京介…顔が怖いぞ…?」


「はぁ、はぁ、お二人とも、このお顔が素敵なんですよ…くぅ、はぁ、はぁ…」


「くっ、はぁ、はぁ、イグザクトリィィィ…」


「……」



 何故何もしてないのに膝をついてはぁはぁするのか。


 確かにワカラセはしたが、後遺症など起こしたことはないぞ…? それに娼婦はそんなだらしない顔をしてはならないんだ。見せ場は店内、個室で、ここぞという時にだと教えたはずなのに。


 いや…これは俺の腕が錆びついているのか…?


 そういえば、確かに最後に訪れたのは随分と前だ。


 あの治安の悪い、閑散とした城塞都市群の…名前なんだっけ。ラブームみたいな名前だったはず。


 娼館の名前ならすぐ出るんだが。


 まあいい。


 その国はアングラな奴隷商が幅を利かせていたが、全て潰してやった。潰したと言っても劣悪な環境から救ったのと、あとの諸々はティアクロィエ任せだ。


 奴隷は資産扱いだったから俺がどうすることも出来なかったしな。


 少し腹黒なトップだったが、ネクロンドやベリル同様、きっと上手くやるだろう。教会との付き合いやその辺りのバランスに長けていたしな。清濁合わせ持たなければ革命が起きてしまうのは世の常だ。


 それよりそんな前だったか。やはり腕が落ちているのか、それともこのショタのせいか。


 いや、これは驕りであり慢心だ。



「これは特訓が必要だな」


「は、はい……一生付いて行きます。王様くん」



 そんな俺の呟きに、膝をついたままのシルフお姉ちゃんは目を瞑り手を組んで小さな声で──煽ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る