新種豚

| 藤堂京介



 さっきまでの魔物は植物系だったこともあって、燃やしたり切ったりと息の根を止める練習だったから言わなかったが、俺はいつだって食の探求を忘れない。


 だいたい裏切られるが、こちらの世界なら…いや、おそらく美味しいはずだ。


 何故なら魔物はその土地の影響を受けるのが普通だからだ。それは迷宮の魔物とて例外ではない。


 それにここではお腹も空かず喉も乾かないが、やはり人族の営みは食を忘れては成り立たない。


 やはり宴だ。



「血抜きはどうしようか…」


「血ぬっ…!?」



 剣を真っ直ぐ構え、研ぎ終えた刃を見ながらそう呟くとクロエは小さく怯えた。


 それはまあ仕方ない。本当の意味での食育など、この世界の高校生は普通しないだろうしな。


 魂を削り合う…ことはないか。命を仕留め、血を抜き、皮を剥ぎ、骨を抜き出し、身を切り出し、丁寧に並べ、へいらっしゃい奥さん、だ。


 丁度良い。各ご家庭の食卓へ登るその命の加工プロセスの一端を見せてやろうじゃないか。



「どこ食べたい?」


「…あ、はは、ジビエは嫌いじゃないけど、に、二足歩行はちょっと…」



 熊も立ち上がるし、そのこだわりはよくわからないが、人語さえ話さなければ以外といける。俺だって流石に意思疎通コミュニケーションできる相手を食べたりはしない。それにそれは別の意味だ。



「きょ、京介…この化け物は……人間じゃないか…?」



 麻理お姉ちゃんが深刻な顔をしてそんな小粋なジョークをかましてくる。それくらい言えたなら先程の戦闘の後遺症はない。大丈夫だろう。



「ははは。そんな馬鹿な」



 人族がここまで変化するなどいくら魔法でもあり得ない。妖精の国ならばあるのかもしれないが人族には無理だ。


 位階とは違う、位層という種族限界が邪魔をする。


 デカい鳥のナリをした大精霊曰く、と言ってもアートリリィからの又聞きだが、初代と二代目は突破したらしいが、この豚二匹はどう見ても位階が足りない。



「で、でも、明らかに服装が…」


「亜種だな」


「亜種…?」



 麻理お姉ちゃんが言う意味はわかる。


 豚はだいたい腰布なのに、この豚二匹は生意気にも人族のように薄い水色と青い濃紺のストレッチジーンズと柄シャツを着こなしていた。


 装備は確かに違うが、アレフガルドでも肌の色違いや腰布以外はいた。


 例えば寒冷地なら防寒着を着ていた。暑いとこなら腰布より際どい布だ。つまりこいつらはこの天養に生まれ出た迷宮が産み出した新種だろう。


 ただ、惜しむらくはそのチョイスだ。


 四股を踏んでこその豚だろうに、ピッチピチでぱっつんぱつんのもっこりジーンズなんて履いていたら弱点でしかない。股関節の可動範囲が狭く上半身とのバランスが悪過ぎる。


 そりゃ良い感じにすぐこけるさ。



「敢えて名付けるなら……茶髪細メガネ装備の豚と金髪ヘアバンド装備の豚だな」


「そのままじゃん…」


「…」



 これは俺のセンスではない。


 魔物に固有の名前をつけてはいけないのがルールだ。愛着が湧き、刃先が一弾指分、鈍ることがある。それは致命的なロスだ。


 それに通常より三倍は強いネームドと呼ばれる突然変異も生まれやすいと聞く。だいたいネームドになってからの討伐依頼だったから真偽のほどは定かではないが。


 というか何故こいつらに腰布が必要なのかわからなかった。急所を守る本能ゆえだろうが、それ以外にも文化的集落でもあったのか、急所ゆえに隠したいのか、はたまたギャグになってしまうからかと疑問は尽きない。


 まあ、それも今でこそ考えれるが、当時はあまり気にはしなかったな。


 それに迷宮と迷宮主は魔王によって活性化はするが、外の魔物とは根本の存在理由が違うし考えても無駄だろう。


 しかし、ショタの身長を気にしてうつ伏せに気絶させてしまった。このままだと解体しにくいな…。



「吊るす木は…あの何か腹立つイキがったポーズの石像でいいか」


「きょ、京! こいつら多分あいつらだから!」


「クロエ…? 知り合いか?」



 俺が狂乱の最中、出られない部屋の外で友愛を結ぶなんて……迷宮産モンスターと育むことなんて出来るのか? それは伝説の魔物使い勇者先輩だ。



「…知り合いじゃないけど…」


「ああ…そういうことか。最初は耳だな」


「耳…?」


「ああ、クニクニしていて割とマシだ」


「く、くにくに…?」



 自慢ではないが、この世界の俺の耳削ぎはリピーター続出、食べると新境地だと聞いた。まあ、そいつ自身の耳だが。そういえば最初は泣き叫ぶ声がうるさかったな。次第にマゾ化して自ら求めてきたから止めたが。また嬉しそうに泣いてうるさかったな。


 深層まで堕ちたマゾは何やっても喜びループするから困るんだ。何ごともやり過ぎはよくないとわかっていたはずなのに、これは精神が肉体に引っ張られているせいだろう。


 これが若さか…。いや、今の俺は更にショタだ。気をつけねばなるまい。



「最後まで優しくると約束する。断末魔のボリュームは配慮しよう」



 魔物愛護は趣味ではないが、仕方ない。



「何言ってるかわかんないよっ!」


「お、お姉ちゃん、お腹は空いてないぞ!!」




 まあ、お腹が空かないのはわかってる。


 だが、魔力のある物質を体内に取り込めば魔力を回復できるし、魔力総量の上限も上がる。迷宮の魔物は殺し尽くすと消えただろう? 存在が崩壊し、魔力的なモノが霧散し、迷宮に還元されたのだ。


 通常、魔物を殺せば経験値を獲得できる。この現実世界で位階が上がるかはわからないが、微量だが魔力総量が上がるのはもう実証した。


 出られない部屋でな。


 ナニとは言わないが。


 つまり殺しきる前か殺しながら食べれば経験値以外に魔力もゲット。迷宮と迷宮主の力も規模は微量だが小さくなるのが通例だ。


 まさに一石二…三、いや四鳥だ。


 俺はそうやって数多の傍迷惑な迷宮を潰し力に変え、歴代最速で位階を駆け上がった。


 つまり実績しかない。


 まあ、そんなことを思いつくのはアートリリィだったし、彼女のおかげでお腹を壊さずに食べれたんだがな。味はしないが。



「ウ、ウゥ…ィダイ…」


「ほ、ほら痛いって! 京! これ人だよ! 絶対何かの魔法だって!」


「ははは。そう聞こえるだけだ」



 稀に人語っぽい言葉を話す魔物もいる。だがそれはブラフだ。そうやって油断させて人族を喰らう。


 だが、勇者どころかなんだったら賢者なモードの今の俺には無駄だ。そんな大根役者具合では騙されない。


 まあ、ここに来ての魔物に何かしらの作為めいたものを感じるが、仕方あるまい。


 詳しくは割愛するが、出られない部屋の彼女達のように、俺の避妊魔法マシマシの低カロリー蛋白質ばっかりじゃ回復薬中毒のようにアタマおかしくなるかもしれないしな。


 手遅れかもしれないが。



「で、でも京の知り合いかもしれないよ!」


「クロエ…」



 君は無茶苦茶か?


 こんなの知り合いにいるわけないだろう。


 人の見た目で付き合いの判断はしないし、幻想のふるさと的には俺と同じ括りになるかもしれないが、知らない豚ですね。


 何度も言うが、見た目というか、種族チェンジするような魔法はない。魅了やまやかしや幻術、化けるモノはあるが大抵は魔族の技だし、匂い立つ魔力の質や残滓で簡単にバレる。


 まあ、誤魔化す魔道具もあるが。


 そもそもそんな便利な魔法があるのなら、あの双子のように死の寸前まで追い込まれはしないし、ベルクァヘンプの民のように耳や尻尾を引き千切る必要もなかった。


 半魔であれば引き出される形で身体にその特徴が発現するが、それは尻尾が矢印みたいな魔族の技だ。


 そういえば、洗脳しようとピュンピュン矢印伸ばしてきたのは鬱陶しかったな…。まあ、全て引き千切って燃やしてやったが多彩な柄で気持ち悪かった。



「ボクと京も小さくなっただろ!」


「若返りなんて不思議だな」


「んもぉ!」



 確かに、あればいいのにと願ったのは願った。死から甦らせるような奇跡のように…。



「…」



 いや……それにそんな便利な魔法があったなら、海賊や山賊のアジトも苦労しないし、ましてや騎士団に腰蓑一つで追いかけられたりはしない。



「タッ、スケテ、オレ、ニンゲン」


「フッ…煽るじゃないか」



 目に涙を溜めながらそう宣うこの新種の天養豚が、アレフガルドより若干役者な気もしないではないが、エンタメに溢れた土地ゆえだろう。


 しかし…ますます初心者殺しの迷宮だ。こんなのポコポコ生まれたら流石に洒落にならないな…。


 まあ後で殺すし、今はいい。


 さあ、仮初の命ではあるが出会いに感謝し、みんなで食そうじゃないか。


 お腹の耐性は、この世界ならあるんだ。


 いざ実っ食。

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