魔王の始め方
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最初は逆姫抱っこからだった。
精霊シュピリアータから【魔王】に認定され、
偽白崎に実験動物的に弄ばれ、晴風で鬱憤を晴らしその実力を確かめたものの、勇者京介は助けに来てくれないまま、生と死を繰り返した絹子は様子がおかしくなっていた。
魔王の玉座に座り、ブツブツと呟きながら、
それは魔力次第で罠の設置や宝箱の配置、魔物の出現場所に模様替えなどを自由に瞬時に行うことができる魔法の板だった。
シュピリアータが教える魔法はあまりに膨大で広範なものだった。よくわからない絹子が迷うことなく魔道具を作ることが出来たのはこれのおかげだった。
アレフガルドの迷宮主は感覚で迷宮を操作するため必要ないが、シュピリアータが絹子に任せるためにスマホを真似て創ってみたのだ。
精霊が創造したこの迷宮は、もはや
『この世界の人族という生き物は自分の信じたいものしか知覚できない生物なの。信じたくない、信じられないモノに対しては、脳が理解を拒むの。つまり自分の常識にとって都合が悪いものは見えないし聞こえないの。それは魔法を否定するの』
死と生の魔法を浴びる中、精霊シュピリアータがそう話していたことを絹子は思い浮かべる。
あり得ないと感じられるこの不思議な迷宮世界でさえも、出来ないと思うほどの常識がその邪魔をするのならば、絹子はどっぷりと常識の世界に居るということらしい。
それは魔法を使うには都合が悪いと言う。
『京介にはそれが無いの。空白の一枚。ぽっかりと空いた白い空間があるの。魔法の生まれる場所なの。そこが初めから無かったから召喚されたとも言えるの。だから勇者なの』
何言ってるかわからなかったけど、異世界に放り込まれ、大変な環境の中、自我を守るための自己防衛本能が働いていたのかなと、辛く悲しく思った絹子は拳を握り締めた。
何せ、人を助けるどころか迷子の動物を探し出し、轢かれそうな動物を助けていたあの京介くんが、極悪人とはいえ、人を殺め、人みたいな動物みたいな魔物を殺してきたのだと言う。
「…そんなこと、認知が歪まない限りあり得ない…」
絹子にとってそれは恐怖ではなかったが、歴代勇者は一人を除いてあちらの世界に囚われ帰って来れなかったと聞いて、その事の方が血の気が引く思いだった。
なぜならこの世界の人々から忘れ去られてしまうのだと言う。
それは全能に見える精霊、シュピリアータにとっても新事実だったそうだ。
『もしかしたら周りにもいるかもなの。それくらいこの国の民は多いの。でも騒がないの。異常なの』
『つまり出会いは奇跡と運命のウエハース』
『…この子話聞いてないの。やっぱりどこかおかしいの』
そんな絹子の感動のセリフをぶち壊すシュピリアータをいつかぶっ飛ばすと思いながら絹子はまたぶつぶつと呟く。
「京介くん、京介くん、京介くん──」
指先をカタカタと震わせながらコンソールを懸命にスクロールしながら絹子は呟く。
そんな事実を聞いた絹子はすぐにでも京介に会いに行きたいが、まずはやる事がある。
絹子の指先がピタリと止まると、そこには[
絹子にわかりやすくそう書かれていたが、これは本来魔物を取り込み冒険者の敵にする為の魔法─というよりは迷宮主の本能だった。
二体のオークもこれを使って使役していた。
『知性体は外から引っ張ってくる方が魔力が節約できてお得なの。派遣社員なの。ブラックなの。黑の魔法使いなの』
何言ってるか意味はわからなかったが、絹子にはピンと来てしまった。
「これがブラックリスト…」
全然違うが、絹子がその[強制労働]を選択すると、見知った名前が縦にズラリと並んでいた。
正確には名前ではなく、概念化した名称だったが、誰が誰か一目瞭然で、絹子にとってはブラックリストと言っても過言ではなかった。
絹子は、すぐに豚の魔物を操作して京介の前から消した。おそらく倒せば位階が上がるだろうし、シュピリアータの狙いはそこだろう。
でもそれを京介は望まないはずだと危険を承知で強制送還したのだ。
そしてすぐさま魔王の間の模様替えを行おうとスクロールし、[出られない部屋]を選択した。
呼ばなければ行けないとあの精霊がいうのならば、おそらく自らに課した条件付きの魔法であり、入って来れない
しかも結果はなんとわたしを呼んだのだと、身体をぶるりと震わせつつ詳細を見る。
その[出られない部屋]の説明には全員の意思が統一されないと出られないと書いてあった。
しかも催淫レベル星五つ。最大だ。
絹子は、王呼ばわりも乱痴気騒ぎも仕方ないかとため息を吐いた。
そして数ある内装の中から小学校の教室を選んだ。
おそらく京介の記憶から生成してるのだろう。知らない横文字だらけの内装ばかりで、おそらく異世界のどこかだ。気にはなるが、それは次の機会だと絹子はイエスをタップする。
すると辺りは夕暮れ時の懐かしい香りに包まれるかのような、小学校の教室に一瞬で変わった。
閉じた窓からは灰色の太陽とグラウンド。反対側には同じ色の廊下がある。それ以外は普通の色味で魔王の椅子は、教壇の真ん中、教卓に変わっていた。
記憶にある光景だ。
パタパタと翼を動かしふわりと浮かんだ絹子は当時の京介の机に向かった。
机の傷を確かめて、彫られ過ぎた相合傘がまるで雨の日の登校時の列のようで、懐かしく思って撫でる。
「京介くん…いいよね…?」
つまりぶっちゃけ、ナニとは言わないが、辛抱堪らなかったのだ。
◆
ナニとは言わないが、京介の机の角にお世話になった絹子は少しだけ冷静に──なれなかった。
催淫レベル5、子孫を残したいと強く請うような衝動が、生殖細胞を活性化していた。
それはシュピリアータが白崎の願望をやや間違って掬い取って作ったこの迷宮に漂うデバフの影響もあったが、それにも増して、繰り返した生と死や夢魔のような姿のせいだった。
非常に強烈な飢餓にも似た情欲が絹子を襲っていた。
つまり狂おしいほど発情していた。
しかし、それに気づかれれば、精霊インザ白崎とのマッチングが始まってしまう。
絹子は驚異的な精神力で、お股はともかく顔に出さないようにしていた。晴風がおかしいと思っていたのは無表情な魔王きぬきぬのアレがアレな件だからであった。
「京介くん、京介くん、京介くん──」
ナニとは言わないが、震える両手で対角に机を強く掴んだ絹子は、静かに喉を震わせ、仰け反ってガクガクと膝を大きく震わせた。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……─ああ…勇者様ぁ…どうか、どうか気をつけて……」
その机の角を使った罪悪感を隠すようにして、絹子は京介の心配を口にした。
賢者タイムである。
魔王を倒しても油断は禁物。異世界でどうだったか知らないけど、だいたいのRPGには裏ボスがいる。わたしの後ろには精霊様が控えているから気をつけ………裏ボス…?
「……ふふ、ふ…」
絹子は何かを思いついて笑った。そしてもう一回もう一度と、ナニとは言わないが強く押し当てた。
今の私に怖いモノは京介くんに嫌われること以外何もない。
しかも今の私は終日処女。
「し、死ぬまで続くぅ、か、もしれないこの絶対乙女の呪いっ…! でもつまりそれは処女受胎も可能な未来ッ…!」
ちょっと斜め上に駆け上がるアレな癖がある絹子だった。
「はぁ、はぁ、だ、だから京介くんは神っ!」
魔王が言っちゃうと京介が邪神扱いになるのだが絹子にはどっちでも関係がない。どことは言わないがグリグリが速まる。どことは言わないがへこへこへこと腰を小さく揺らす。額の汗がつるりと形の良い顎に滴る。
あ、大きいのがくる。
「今の私はっ! はぁ、っく、だ、誰よりも京介くんに相応しいっ! せ、積年の恨みっ、め、め、目にもの見せてくれるぅ、うぅッんくっ……っ!!」
ついに翼と尻尾とつま先がビィィンと張った絹子は、ヘロヘロと脱力し、お尻を高く上げて机に寝そべった。
小さな京介を見て、小学生の頃の妄想を重ねていたら、大事なことを思い出したのだ。
角を使ったのは魔王の嗜みであると言わんばかりにキリッとした表情になった絹子は、立ち上がり、教壇へ黒のヒールサンダルをカツカツと鳴らしながら向かい、低い声を出した。
「───血のバレンタインに連なる古き宿敵どもよ……この魔王きぬきぬの絶対清楚な美と力の前に怯えて平伏すがよい──」
そして絹子はさっきまでの痴態など無かったかのようにして、コンソールを呼び出し叫んだ。
「さあッ! 魔王の下僕として出でよ! 【眠らせ姫】!」
あの頃、凶暴な永遠ちゃん。
「【操り姫】!」
今も、狂愛な愛香ちゃん。
「そしてぇ───【整え姫】!!」
今は未知の、鬼謀な桃ちゃんだ。
絹子は幼馴染の巨悪三人衆を呼び出してマウントを取りつつ、実際には知らないが、正社員が派遣社員を顎で使うかのようにしてやろうと、ポチポチポチっとタッチした。
すると、いいねマークが表示された。
成功だ。
「ふ、ふふ、ふ、ふふふ、ふぁーっはーはっはっはっはー!!」
幼馴染の誰も見たことのない高笑いをする絹子。
さっきまでの痴態はなかったかのようにして、絹子は仰け反って大いに笑った。
いつもなら頭の中にいろんな考えがいくつも浮かび、まとめられないし恥ずかしいからとスケブに書いていたのに、夢魔になってからはあまりそれがない。
加えて、京介の秘密を知った優越感からか、いつもの絹子なら絶対にしない選択をとった。
しかも同時に三つもである。
「みんな度肝を抜くこと間違いなし」
絹子はその登場をワクワクしながら待った。
「…」
いや、教室を再現したせいか、やっぱりちょっと怖いからと大きな三又の槍を携え、お行儀は悪いが教卓に深く腰掛け、脚を組んだ。
パッと見た姿は痴女にしか見えなかったが、JK魔王として尊大に振る舞おうとしたのだ。
すると教室の机に、それぞれ三つ、小さな光の渦が現れた。そしてそれは次第に荒れ狂う暴風のように勢いを増し、派手な光のエフェクトを撒き散らし出した。
「……ん…? あ、あれ…? 豚の登場と…違うような……」
絹子は不安に駆られたのか、その光の渦を見つめながらいつものように小さく呟いた。
その光はだんだんと膨れ上がり、絹子の不安も同じように膨れ上がっていった。
更に[壊せない迷宮]であるはずの壁や床、ガラス戸は微細な振動で震え出した。それはあたかも迷宮自体が悲鳴を上げ、軋んでいるかのようだった。
「あれ……私、何かやっちゃいました…?」
そして絹子は、希望にすがる気持ちで、
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