百合の園_セイレーン
| 万能倉 清恋
小学生の頃でした。
いじめなどない素敵な学校だと思いました。
大前女子。天養市にある言わずと知れた西の名門校。名家のお嬢様が多く通うことで有名な伝統ある私立の女学校。
そこに入りたいと外部入学生を目指して中学受験をしたのです。
わたしは昔から大人しく、おしゃべりが苦手でした。同じクラスの男の子にはいつもなぜか揶揄われ、それに嫉妬した女の子からも無視をされる毎日。
変えたい。環境を変えたい。自分を変えたい。自分の中で強く思ったのは、その学校の体験入学がきっかけでした。
それから努力の甲斐もあって、無事に入学を果たしたのです。
これで素敵な学校生活が始まる。そう思っていたのです。
ですが、その実態は一学年上の先輩である
慣れ親しんだ頃にようやくわかったのです。どこか重い空気が学校を支配していて、相互監視とでも言えばいいのか、軍事統制とでも言えばいいのか。
密告と粛清によって表面上はいじめのない学校となっていました。
ですが、一日の大半を学校で過ごすのです。それは思春期の女子生徒が耐えられるようなものではなく、抑圧された不満は目に見えないだけでそこかしこに溢れていました。
特に外部入学のわたし達は、ボーダーラインギリギリを見極めた先輩や同輩達に陰湿な方法でいじめられていました。
それに比較的裕福な家庭に育った自覚はあったのですが、ここはまるで次元が違っていました。
学校が終わり、塾にお稽古、地域のボランティア活動など様々な場所でマウントを取られ、惨めな思いをさせられました。
どこに行っても同じなのか。そう思っていました。
そんな中、わたし達は救われたのです。
その頃蔓延していた火威先輩の作った重い空気を清涼な風に変えた方々がいたのです。
心の白姫、白崎さんの作る暖かいお友達の輪。
技の青姫、雨宮さんの美しくも楽しい旋律と音色。
体の赤姫、赤城さんの凛とした真摯で紳士な立居振る舞い。
白日の三姫。わたし達は次々と救われたのです。
いくら先輩からの勧誘や嫌がらせがあっても、我々の白日は負けませんでした。監視は説き伏せ、粛正は事前に解決し、融和の方向に導いていきました。
火威先輩のスローガンに馴染めない先輩達もお誘いはしました。ですが、火威さんからは離れることは出来ませんでした。どうもそのさらに上の先輩から守ってもらっていたようで、思いの外結束は強かったのです。
そしてわたし達の学年で雨宮派閥として大きくなってきた頃、下の学年にあの光姫が外部生としてやってきたのです。
彼女、和光エリカは、元々は初等部の途中までは在籍していたようで、外部でありながら有名でした。その知名度と手腕、特に独自のシンボルを掲げることで、わずか三か月余りで瞬く間に多くの中等部一年をまとめ上げました。
特に清楚で可憐な女の子、東雲詩乃さんと後に霞の君と呼ばれるワイルドな秦野純さん。この二人の仲の良いご様子は、まるで学園ドラマみたいでドキドキしました。
そうして私が中等部二年、その半ばを過ぎた頃には、軍事政権のような火威、トモダチの雨宮、そして推し活の和光の
もちろん生徒全員ではありませんが、この学年ごとに色分けされた学年階層ができました。
それからは火威派、雨宮派、和光派はそれぞれ派閥強化に努めることとし、均衡を保つようになりました。それが高等部まで持ち越され、もうかれこれ三年あまり続いているのです。
そしていつしか高等部で行われる秋の文化祭、星辰祭での大妃杯で決着をつけることになりました。
大妃杯は、大前女子の頂点、大妃を決めるコンテスト。昨今、ミスコンテストに否定的な世論が増えてきましたが、我が伝統ある大前女子のトップは注目度が違います。簡単には止められませんし、卒業後の成功が約束されているのです。
表向きはただのミスコンですが、幼等部から高等部にかけての派閥形成や生徒同士の競争や論争は、全てここに集約されているのです。
わたしは白日の中でも白崎さんを推すグループ、百合の園にいました。もちろんお友達ではありますが、ちょっと人には言えないお友達の集まりです。
中心にいるのは、わたしのようにいじめられていた元外部生。お互い隠れながら慰め合っていましたが、白崎さんはありのままで良いと言って受け入れてくれました。
そんなある日のこと。
初夏と言っても良いくらい暑い日のことでした。
白姫である白崎さんに恋話をされたのです。
偶然の出会いにより、突如としてお花畑になった白崎さんのお話しは要領を得ず、お相手はどうも謎の多い方のようで全貌が掴めません。
一説では、和光エリカの想い人とも噂されていましたが、一度拝見した写真は屈託のない笑顔で笑う可愛らしい黒髪の少年でした。
確か、ショタコンというのですよね。
いえ、私嘘をつきました。
かつて小学生の頃にイジワルされた男の子達のトラウマがこじれてしまったのか、小さな男の子がいじめられることに酷く興奮するようになっていたのです。
もちろん創作であり、妄想ではありますが。
でもよくよく思い出せば、わたしとお話ししたかったのではないでしょうか。
よくよく思い出せば、わたし、いじめられて嬉しかったのではないでしょうか。
もしかしたらわたし、それから既にこれが始まっていたのではないでしょうか。
◆
憩いランドにて白崎さんのお願いを受けたわたし達百合の園でしたが、突如として白い光に包まれたのです。
そして目を覚ますと、得体の知らない植物に襲われました。メンバーの無事を確認した途端の出来事で、戦う力を持たない私達は呆気なく蹂躙されたのです。
花のような怪物で触手のような蔦を巻きつけられ、ドロドロにされ、ぐちゃぐちゃにされ、気持ちよくされ、全員叫びながら意識を失いました。
それから、わたしは何故か昔の頃の夢を見ていたのです。
小学校の時の、いじめられ悔しかったあの日々の中を何度も何度も彷徨っていたのです。
そして重い意識が光に包まれたのです。
唐突に青と緑の光に包まれ、霧が晴れたのです。
そうして目を開けば、小さな男の子が居たのです。
「よっと。起きた起きた」
「いたっ」
──くない。
額に優しくデコピンされ、イタズラが成功したかのような屈託のない笑顔を浮かべたのは、超絶短い半ズボンが目に眩しい金髪の男の子。
腕に走る黒い紋様はタトゥーシール…かしら。
いえ、これは多分ヘンプ…ね。夏休みが近いからヤンチャにでも憧れて描いたのかしら。生気に溢れた無邪気な笑みにとてもよく似合っている。でもそんな顔、向けられたことなんて…あ、もう夢の中じゃないのか…
それにしても私の今のこの格好は…一見ノースリの膝上ワンピだけども、脇から裾までバッサリ開いていて紐でぐるぐると靴紐みたいに編み上げられただけの粗末な木綿の服。
おそらく長い布に首の穴を開けただけのもの。
いくら相手が小学生? だからって恥ずかしい。いや、お稽古と思えば良いのかしら。
「ほら、手を貸してやるから。起きろよ」
そう言ってぐいと手を引かれましたが、身体が強張り、起きれませんでした。
モンスターの事はすっかりと忘れていたのですが、いじめられていた男の子の事が重なり、身体が竦んだのです。
「はぁ…仕方ないな…」
やれやれといった呆れた溜息。でもどこか暖かく優しい雰囲気に、酔いそうになる。それに過去に一度も経験がなかったからなのか、キュンときたのです。
ああ、違う。
これはきっと夢の続きで願望だ。
なら、少しくらいいいよね。
「くすっ…おはよぉ…起きてるよぉ。でもさぁ、お姉ちゃんここがつらたんなの。だから起っき出来ないんだぁ…」
そう言って少しワンピースの襟を前にずらして谷間を見せて視線を集めてみる。まだ蔦にいじられた興奮が残ってるからか、そんなことをついしてしまう。
あの頃、男の子達はみんなわたしの胸を見てたんだと過去を追体験した今ならわかる。女の子達も嫉妬してたんだと思う。
きっと興味深々だったんだろうな。それできっといじめられてたんだ。
「…つらたん…?」
「うん。お胸がね、張っちゃってね。もう辛くて辛くて。ふふっ…"助けてくれないかな"?」
胸がまだ、ぴんぴんに張って辛いのは嘘じゃないけど、こんなことされたら照れちゃうよね。俯いちゃうよね。くすくす。
仕返しってわけじゃないし、君には何にも関係ないけど、どうせ夢の中だし、こんな風に少しくらい揶揄ってみたかったの。イジワルしてみたかったの。
ああ、これが私の願いだったんだ。それがわかるのは…この不思議な夢のせいかな。
この心の衝動は、この願いの夢のせいかな。でもそういうことなんだろうな。あの頃、やっぱりわたしは悔しくて悔しくて、仕返ししたかったんだ。
薄い本が好きなのは、やっぱりあのせいだったんだ。
それにしても…和光派が悔しがりそうなくらいあの写真の男の子に似てる。そんな子をイジワルしたと知ったら羨ましがられるかな。
「ふふ、ほらお顔を上げて、お姉ちゃんの辛いところをよぉーく"見てみて"。ね?」
「……」
ああ、視線が気持ち良い。あの頃から異性に対して揶揄うなんてとてもじゃないけど出来なかったから新鮮…お芝居ならあるけど、実際の男の子、しかもこんなチャラくて生意気フェイスの子になんて…くすくす。
「ほら、お姉ちゃんの身体、今なら"好きにしていい"んだよ?」
ふふ。男の子が読むラブコメにこんなのあったなぁ。そんな事言われても結局何にも出来なくて、もじもじと照れちゃって、捨てセリフを吐きながら逃げ出す男の子、なんてシーン。
流石に好きにしていいはやり過ぎかしら。
あらあら、これくらいでそんなにテント張っちゃって…ふふ。情け無いなぁ。でも嬉しい。どうやってイジワルちゃおう。
お顔を上げたらこんなにも真っ赤な顔…を…してない…?
なんか真剣な…瞳?
う、嘘、怒った…?
「声に…魔力が乗ってるだと…? 馬鹿な…」
「……」
あ、違いますね。
ふふ。変わった照れ隠しだなぁ。厨二病だなんて…こんなちっちゃいのに。
君、ますます可愛いね。
じゃあお姉ちゃんがそのまま乗ってあげるね。演劇部だから任せて。
でも、何してあげたら泣いてくれるかな…?
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